NOW 500→1000

愛は息する

お店のなかにいるじぶんは街を眺めていて、その少し前の瞬間は街からお店を眺めたことなんて忘れたみたいに「ここにいることは当たり前のこと」みたいな顔をしてお客さんが来るのを待っている。

どんな服を気にいるのか、雑貨をひとつひとつ眺めるのが好きか、階段をひとつあがってお店に入るお客さんの気持ちを想像しながら、ドアから入り窓から抜けていく風のはしっこを感じている。

階段をたったった 軽い音で降りてきたひとが革の椅子 深く腰掛け「ふぅーっ」とため息をつく。苦しいからでるため息ではなく、自分とつながりのあるたくさんのひとの意識へと潜ったあとにまた今の世界に顔を出したから出る息継ぎのようなその音が嬉しくて、つられてニコニコしてしまう。

大好きが溢れていくのを感じながら準備運動のように2,3のくだらない会話を交わしながら、彼がこんこんと湧き出る泉のように「創造」について語り出すまでを過ごした。

もうそこにすでにあるもの、ばらばらの小さな小さな粒子、それは海や山や川、たくさんの生き物たちの呼吸のなか漂う有形のようで無形なもの。ひとが介してそれらは器を与えられ、チームのそれぞれのひとの手がくわわるなかで仕組みが動きだす。

このひとのなかにはもう既にそれがあって、このひとの口や手や足、つまり身体を通してこの世にそれが形を伴って生み出されるのだという事実に、肚の底の底が嬉しさでいっぱいになってしまう。

なんて美しいんだろう、この道のりはこのひとがこれまで観てきた、身体ぜんぶで受感してきたもの、細やかな景色それぞれが作用している。その事実はなんてシンプルで希望に溢れているんだろう。

言葉を発しているのを眺めていたのはきっとそんなに長くない時間だったのに、わたしの意識の拡がるスピードはあっという間に星全部を覆って、帰ってくるのに少しだけ時間がかかってしまうくらい。それがどういう感覚かひとにシェアする術があればいいんだけど、言葉にするとそんな感じ。。

f:id:pidakaparuna:20211212214001j:image

「ぼーっと生きていちゃだめだよ」「シャキッとしないと」そこだけ音がハッキリと空間に響いて、ひゅっと鋭さのある風が吹いた。ぼーっとも、シャキッとも、わたしのなかの言葉とは違う意味を持って、つまり見せかけの話をしているのではなく、彼は在り方の話をしていた。

わてしたちは年が離れているけれど、同じ世界に生きているのだと思った。抱きしめたとき、それは抱きしめられたとき、しっかりわかって、わたしはとても安心をして、生きてきたことが嬉しくなって、生きていくことがたのしみになった。

f:id:pidakaparuna:20211212214702j:image

大切なことはたくさんない、車のなかで「口で言ってること、考えていること、行動がバラバラだよね」と言われたときにそう思った。口で言うことは相手の言葉にじぶんの言葉の形を合わせるためにそうなっていて、頭で考えていることは時間の軸やエリアの軸に絡め取られ、身体はわたしの心も頭も置いて勝手に走り出す。

たしかにチグハグだと、諦めたような気持ちでその言葉が少しの間ふたりのまわりで漂って、少し開いた窓から、そのひとを越した窓へと抜けていくのを見た。

誰かと生きていくのは困難だ、仕事でも仕事じゃなくても、それはあってないような境目を意識することの連続だからだと思う。じぶんのために決めることやじぶんのために選ぶことは、目の前のひとを本質的には傷つけないと知っているのに、決められるパターンの数だけその世界が既にあり、そのどれかひとつだけしか「このわたし」は体験できない切なさはほんの一瞬、なのに全身をすっぽりと包むような深さで悲しみや切なさを運んでくる。

その数だけ前に進み、その数だけ新しい世界を産む。

今日した決断はわたしをどこへ運ぶだろうか、なるべく軽やかに、なるべく明晰に、中心、それは上も下も右も左もなく、真ん中で。

もうすぐ27になる。どんな結びが待つのかわからない、まだひとつそのままの紐としてある27のわたしをゆっくりと今のわたしが呼び起こし、紡いでいく様子はとてもユニークで彩り豊か。

進め進めと声がする。シャキッと。それは張り切るのとはまた違う、どこまでも穏やかに明るくあること。