NOW 500→1000

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あと何回寝たら、この喪失感から逃れられるのだろうと、どうしようもなく投げやりな気持ちで画面を眺める。

本当にパラレルワールドがあるのならいいのにと思う度に思い出すのはあの日見た夢だった。

夕方微睡んでいたときに見た夢、夢のなかでは夢と思わず、そのひとが死んだことを体感で知り、電話が繋がらず、やがてひとから知らされるというストーリーだった。

それはそれでひどいなと思い返しながら、そのとき「ああ、今生きて出会えてともに過ごせるのはなんて幸せなこと」と喜びが溢れたじぶんのことをよく覚えている。

心臓が痛い。じぶんが情けなくて、どうしようもない気分になる。

立て続けに関係の深いひとを見送り、死ぬとは身体をなくすこと、それは分かれた存在として再び歩み寄りお互いを知るというプロセスを味わえなくなるということと知った。

その悲しみと、肉体を持ったまま生きる世界が離れていく寂しさはまた違うものがあるが、世界が交わらなくても遠くで以前と変わらず輝いている星を眺めるような気持ちで相手の世界を慈しむこともまた、趣深い喜びがある行為だ。

死の別れよりももっと悲しく辛いのは、一緒にいられた時間が大したことのないものだったと知ることかもしれない。

わたしは一昨日の夜とても幸せだった。

大好きなひとたち(そのうちひとりは初めて出会うひとだったけれど)と、美味しいもの、尽きない話。

宝物としか思えないような言葉たち、ストーリー、眼差しの交換。

訊ねられる度に勇気を出して本当に感じたことを返していく。

命が輝いているとわたしに言ったそのときの眼の奥にあるほんとうのこと、受け取るだけで精一杯だった。

わたしはこの2年、学び直したのだろうと思う。

真実と妄想の違いを、本当と嘘の違いを、その感触や気配を肌で覚えるために、きっとこんなに苦しい時間を味わっているんだろう。

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海辺で寝そべりながら思っていた。

ずっと前からわかっていたと、それは少なくともこないだの冬。

なにも交換などできていなかった、全て妄想だった、わたしはわたしのなかにいる相手、相手のなかにいるわたしとしてしか、きっと関わってこれなかったんだろう。

じぶんの勇気のなさが悔しい、嘘はつかなかった、嘘をつかないチャレンジは確かに重ねられていた。でも、それを超えて、本当の話ができた時間はきっと一度もなかった。

どうしたら造られた物語を超えて本当の関係を築けるのか、未だにそのヒントが見つからない、手繰り寄せ手繰り寄せ、きっとここにと思っていた関係でこの有様、悔しいとしか言いようがない。

わたし次同じように大きく心動くのなら、出会う前からその人に会えることを全身が知らせるような、そんな出会いがあるのなら、これを超える出会いがあるのなら、今度は絶対に怯まない、負けない。

嘘をつかないだけでは足りないのだ。ラベルを剥がしレッテルを捨てるだけでも足りない。

相手のなかにあるそれを粉砕し、そのうえで関係に関する物語を打ち捨て、更地になったところからようやく始められるものがある。

相手のそのままを受け入れ抱きしめることだけが表現ではない。境界に腕を突っ込みずぶずぶと膜の内側に身を沈め、本質と表層の違いをねじれを正すように身のエネルギーを使わなければ、お互いを消費するような、否わたしをただ差し出すような関係しか築けないのだ。

ねじれをねじれと知りながら、目を伏せ耳を塞ぎ肌を閉じて関わることに面白さなど何もない。

言葉にしてようやく知る、わたしは今何が悲しくて何が悔しいのかを。

こんな気持ちに支配されてたまるか、負けてたまるかと頬を打つ。失ったものは大きい、でもこれだけの痛みを伴わなければ、覚悟は決まらなかっただろう。

わたしはもう本質的な付き合いしかしたくない。誰かの物語をなぞるほど長くは生きられない。

こんな気持ち二度と味わいたくない。嘘をつかないことにくわえ、感覚を閉じないことを誓う。

書く前よりも少しだけ前に進んだ気がする。絶対に負けない、静かに強く思う。27になる頃にはきっとこの感覚をものにして、コミュニケーションを一新できるはず。前に進もう。

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書いたらとっても元気出た。読んでくださってありがとう。

それに書いてやっぱり思うけど、だからといって全部が悪いことじゃなかった、最初から閉じていたわけでもなかった、これ以上傷つきたくないと、悲しい気持ちになる度に少しずつ感覚を殺していったのだと思う。

たのしいことや美しい時間もたくさんあった。それもまた本当のこと。

しばらくは苦しいだろうけれど、きっとお正月にはもっといい思い出になって、おばあちゃんになる頃にはげらげら笑っているでしょう。