NOW 500→1000

2021年最初のカンファレンスを終えて:OSP「ここから未来へ 障がい者雇用を考える それは誰のため?」

OKINAWA SDGs プロジェクト 2021年のカンファレンス第一回が終わった。初めてのオンライン開催、パートナーのみなさんが目の前にいないことがこんなに寂しさを感じさせるとは思わず動揺しながらの開会。しかしキングコング代表の仲地さんの素晴らしいスピーチ、続くクロストークに心震わされ、分かち合いのなかでてきた言葉ひとつひとつに強く共感し、終わる頃にはOSPの良さや可能性を再認識していた。

f:id:pidakaparuna:20210925224803p:plain

タイトルには「ここから未来へ 障がい者雇用を考える それは誰のため?」を掲げた。タイトルを考えるときから、つまり中身を考えるときから「雇用」についての考え事が深まり、同じタイミングで尊敬している経営者の方が新卒採用を開始し、さらに東京から新しいインターンを迎えるなど年下のひとたちとの関わりも増え・・どんどんと考え事が深化していった。

なぜ働くのか

雇用の前段の考え事に「なぜ働くのか」がある。それはわたしの立場がまだ事業を生み出す側ではなく生み出された事業を運用するプレイヤー側だからだろう。資本主義の社会に属して生きている今、暮らしを維持するために月に15万弱は必要だ。でも必要な金額は目の前にある「やりたいこと」をやっていると自動で入ってくる。お金が欲しい・必要というニーズと「働く」は繋がっていない。

わたしの「働く」は好奇心に支えられている。そして次に「役に立ちたい」という欲求、そして「好き」の気持ちを表したいという欲求が続く。

お腹が空いた感覚から逃れるために、つまりお腹をいっぱいにしたいという欲があるからわたしは食べる。沖縄の方言のひとつに「味したい」というものがあるけれど、その感覚もまたわたしのなかにあり「味したい」から空腹でなくても食べ物や飲み物を口にすることもある。

欲求、それはニーズ、わたしは欲するからそれを手に入れるために行動をする。欲するのは「感覚」だ。物質ではなくその先にある感覚を求めて身体が動く。身体は思考の0.2秒はやく動くという。丁寧にじぶんを観察しないとなかなかその欲求が生じている様さえも捉えられない。

欲求にはグラデーションがある

欲求にはグラデーションがある。ひとりひとり違うそれをわたしたちは抱えて同じような格好をして生きている。わたしの「おなかがすく」とあのひとの「おなかがすく」は違う。わたしが食べる理由とあのひとが食べる理由は違う。わたしの眠たいとあなたの眠たいは違う。

同じように「働く」に関する欲求もひとそれぞれに違う、「成長したい」と答えるひともいる、その成長の中身さえ様々だ。それでいい、その多様さが今までとは違う今を創造し続け社会をよりよいものへと変えていく。

ただ、おそらくそれは「効率的」ではないのだ。

障がい者雇用と効率性

今回のカンファレンスでお話くださったスピーカーのみなさんはひとりひとりが真剣に目の前のひとの特徴と向き合い、どうしたらその凸凹が活かされるかを真剣に考えトライを重ねられていた。その結果として花開く本人の能力があり、その先に事業としての成長もあった。

文字にしてしまえばエピソードにしてしまえば綺麗にまとまっているけれどもそこにはとてつうもない試行錯誤の連続があったことが言葉の合間にうかがえる。

それでも「なんのため?だれのため?」に対する答えを持っているから、もしくはその先にある未来を描いているから、その挑戦をやめずに続けていらっしゃるのだろうと想像しながらお話を聞いた。

なぜ

ずっとこの次の動きを考えている。カンファレンス中からずっと。

どうしたら話を聞いたままで終わらずに次のアクションを後押しできるのか。

わたしはどうしたいのか。

ずっと考えている。

ひとりでできることはたかが知れている、パートナーのみなさんが社内で動きやすくなるきっかけを生み出したい。その動きを継続的にサポートしあえる仕組みをつくりたい。

それは、今回のカンファレンスの企画から準備と運営を通して、ひとつわかったことがあったから、それをちゃんと形にしたいと思うから。

プロセスの重要性

OSPは2030年に向けて活動をしている、それはSDGsのゴールがそこに掲げられているから。一方でそれは形式的なものなのかもしれない、目標がなければ計画は立てられない、わたしたちはセクターを超えるために共通のゴールを欲していたのだと思う。

今回のカンファレンス中ずっと思っていた、会社が大きくなればなるほど制度まで落とし込むのは難しいだろうと。小さな会社であればあるほど現場で挑戦することのハードルは高いだろうと。

現にわたしの関わるそれぞれの現場で障がい者雇用、いや雇用について考えを深め、チームメイトをさらに理解し、事業を通じて社会になにかしらを届ける、その届ける「もの」だけではなくその過程でも、チームメイトたちを大切にする、その家族を大切にするという「行為」を通して社会をよりよいものにする試み、それがどこまでできるか・・全然想像ができない。

それでも、事業を通して社会に影響を与える、その影響を大きくするために事業をさらに大きくしていくといういわゆる資本主義に基づくトライアンドエラーと同時に、少し変わってきた今の社会のルール、新しい資本主義にそって、どのようにその影響をひろげるのか、それはまっとうか、ひろげていく内側に歪みはないか、その方向に舵を切り生きていきたい。

ゴールは遠いのに、与えられている時間は短い。思っているよりも時間はない、成し遂げられることは小さく少ない。そのなかで何に時間を使うのか、それをひとつひとつ決めていかなければならない。

わたしの人生のなかの26歳ってそういう年なのだと思う、たぶん。

変なこと言ってないかな、今回のカンファレンスでいちばんの学びは、これだけ真剣に目の前のひとに向き合いながら仕事をしているひとたちがいるということを知ったことだった。それはわたしに大きな勇気をくれた。

そうやって生きていきたい。そういうひとたちと一緒にいたい。

そう生きようと思う。