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ひとりの限界 / チームをつくる

今日終わったイベント、昨年度も3回開催した企画で、今回が4回目。今回が一番「ここまでやりたい」が実現できた回だった。(もちろんまだまだ改善できるけれど)

理由は明らかだ。それはチームをつくり、チームで動く仕事ができたから。わたしにとっては人生で初めて加わる側ではなく仕切る側としての企画だった。

いろいろと忘れたくなくて、打ち上げと称して20時に焼き鳥を食べ終わった後爆睡してしまって変な時間に起きちゃった今これを書いている。

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体制は変わる

今取り組んでいる仕事は2019年から始まったので、今年で3年目に入ったことになる。最初の半年は暗中模索だったが後半にはカチッとはまった。

ベテランスタッフと機材に強いスタッフと、なんというか相棒のような形で動きながら企画を実現する1年半だった。

そこからメンバーが少しずつ入れ替わるもののその3人の体制は変わらず、それが変わったのは今年の4月から。

一緒に動いていたその2人が事業から離れたことで体制は大きく変わった。

というか、実質ひとりになったのだ。

ひとを頼る

どう想像しても業務が回せるイメージがつかず、ひとり増やしてもらった。それも一緒に暮らしていたくらいに信頼を寄せている友人をである。

友人としての素敵さは言うまでもないが、彼自身学生ベンチャーの経験やひとりのプレイヤーとして業務を請け負うなど、仕事の力量も素晴らしいひとだ。

そんなわけで4月から二人三脚で事業を回しながら、あるときハッとする。

わたしは過去2年間のこの仕事で「ひとに任せる」をしたくがないために、たくさん失敗してきたのだと。

ひとりでできることの限界

2020年度の終わりまで一緒に働かせてもらったメンバーふたりも本当に素敵なひとたちで、わたしは今でも彼らのことが大好き。

しかし、ふたりとも年上だったこともあり、わりとなんでも「わたしがやります!」と食い気味にタスクを引き受けてはパンクして、土壇場で「助けて下さい」と泣きつきながらなんとかこなす、、みたいな失敗パターンが多かった。

何回も「なにか手伝える?言ってね?」と手を伸ばしてくれていたのに「大丈夫!」と答えてはパンクしていた当時を振り返ると今すっごくはずかしい。。

得意と苦手

今年の4月から2人で動いているメンバーは積極的に任せてもらおうとする。でもそれは3月まで一緒に働いていたふたりも同じだ。

何が違うか考えると、一緒に暮らしていたということが何よりの違い。それは、わたしの嫌なところダメなところを知り尽くしている相手だからこそ弱いところを見せるのに躊躇しないということ!じぶんの苦手な業務を打ち明けやすいのだ。

これが最大のいいことだと思う。

なんでもやってみたかった過去の2年を終えて、わりと得意と苦手がハッキリしてきたこの頃の日々。

形を描きゴールを設定するのは得意だし、当日表に立って動くのも好きだ。裏でサービスをするのもたのしいし、メールなどの物を書くのも対して苦ではない。

一方で、きちんとした報告書を仕上げるのには人一倍時間がかかり、メールの返信をするのも苦手、情報を吸い上げたり回したりするのも苦手、きちっとリハーサルすることも苦手。

分業と協業は異なる

そんなじぶんの特性をよく知っている彼とは、「この仕事のここはあなたがやるほうが早い」「じゃあじぶんはこっちを」と背中を預け合いながらこなしていくスタイルで仕事がしやすい。

でもそれにはあくまでお互いの業務時間を効率的に使える効果しかない。分業であって協業ではなく、分担にまつわるコミュニケーションは必須なので、お互いが動いた分だけの、、つまりそこには想像できるだけのリターンしかない。

協業、そして自律型チームへの道のり:まずは採用

とはいえ、昨年度までの事業内容をより少ない人数と少ない稼働時間で実現する見込みは立った。しかしこのままでは昨年以上の効果を出すことは難しい。

そう思い、現場監督のように事業を見たり代表との調整を引き受けてくれているマネージャーと相談して、さらに2人の雇用を提案。

実際に5月から新しいメンバーを迎え入れることになった。

もともと面識があった学生だが改めて口説き、彼らがやりたい内容と業務内容が一致しているかをチェックしたうえで、新しいメンバーとして迎え入れる。

この一連の採用も、今振り返ると初めての体験だった。

協業、そして自律型チームへの道のり:ミライはきっと

ひと月半一緒に今日のイベント実施、そしてその先で良いミライをつくるための準備をしてきた。

ひとつずつ丁寧に指示をしながらチェックをして進めたけれど、次回からは同じフレームでもっと早くこの企画は回せるだろうと思った。

その道のりを経て、おそらくこの事業にとって必要な企画を彼らが提案するタイミングがきて、また新しい価値が生まれていく。

それは別の存在、別の世代でないとできないことで、わたしは今たぶんチームで動くという学びと同時に、多様性の持つ可能性も学んでいる。

戦略はなぜ必要か

資源が有限だから。

(教えてくれたのはこの事業でなにかと助けていただいている経営者の先輩。)

定性的な管理の他に定量的な管理や、リソースに基づく適切な制度設計もしていかなければならない。

プレイヤーがちゃんと実力を発揮できるように、役割を明文化し、どこまで権限があるのかをわかりやすくしておくことは自主的に企画を生み出し回すためには必須だ。

それは分業しているだけでは想像できないリターンを生むと思う、ただ手放しに期待するのではなく、想像するラインを超えるために必要そうなものを用意するイメージだ。

今回でコミュニケーションの素地は構築されたはず、ここから積み重ねていけばいい。

チームのプレイヤーとしての仕事、マネージャーとしての仕事、そして事業責任者の視点。スイッチしながら、年度末、3年、5年、10年後に向けて積み重ねていきたい。

仕事はたのしい。

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たくさんのプレゼント、いつもありがとう。

なぜ「戦略」で差がつくのか。―戦略思考でマーケティングは強くなる―

イベントに関する備忘録

昨年度第一回の開催はメンバーとして伴走しやり方を覚え、第二回に引き継いで任せてもらってからほぼひとりで回した。

6人のゲストとメンタリングスタッフの調整、広報物の用意、集客、普段の業務プラスでのなすには「開催する」ことがどうにかじぶんの力量で実現できることだった。

第3回は他団体との連携という新しいチャレンジが入り、メンタリングスタッフを配置せずにほとんどじぶんが面談をしていくスタイルをとった。

これもまたそれぞれとの繋がりが深まり結果として収穫のあるイベントになったが、開催後のまたその先を見据えた運営まではできていなかった。

今回の企画は5月の中旬から仲間に加わってくれた新しいメンバーふたりにほとんど実働を任せながら、こうしたいよね、ああしたいよね、いいですね、こうしよう!と進めてきた。

もちろん反省がないわけなく、悔しい気持ちものこってるけれど、、まず新しく入ってきたメンバーとそれができたことが楽しかった。

これもまた去年加わった仲間が息抜きのお喋りの際にふざけて言った言葉だが「第1回できたことがまる!」というような言葉があって。

わたしは近頃彼らにハッとさせられることが多い。そして仕事が楽しいと口から自然と出る、また楽しそうに働いている姿を見ることがとても嬉しいと感じるじぶんは、なんだかじぶんにとってとても新鮮な、あたらしいじぶんだ。

ニューバージョンになることはコンフォートゾーンから出る恐さや痛みも伴うけれど、やっぱりたのしい。生きる醍醐味がここにはあるなと思う。