NOW 500→1000

誰かが褒められるのをみたときに / あなたの話が聞きたい

ひとつひとつの心の動きを書き出さなくても、考えたことを言葉にしなくても、毎日を過ごせるようになってしまった。

それはひとつきっと成長といえるかもしれないし、いえないもの、はじらいのようなもの、人の目を気にしているからなのかもしれないとも思う。

でもいくつか思い出したことと、忘れたくないことがあったので書き出しておきたい。

誰かが褒められるのをみたときに

大学の頃、日付が超えるまであの頃働いていた柔らかい明かりのコワーキングスペースで夜な夜な話していたときのこと。

(このブログを書き始めたのはあそこで働いていた頃!)

友人が言った言葉を今でも覚えている。

「誰かが褒められたときに、苦しくなるひとと、なんでもなく同調できるひとの2種類がある」

ぽかんとしているわたしに重ねて例えてくれた。

「目の前にケーキがあるでしょう?」「世界にひとつしかないケーキをみんなで分け合ってると思うか、それともそのケーキがひとりひとつ1ホールあると思うかの違いだよ」

つまり、誰かが褒められて苦しくなるひとは「じぶんが褒められる分が減ってしまった」「あのケーキが与えられないじぶんなんて」と落ち込み、誰かが褒められるのを喜べるひとは「ひとはひと、じぶんはじぶん」が身についているということ。

ケーキを食べるたび、わりとこの話を思い出す。

f:id:pidakaparuna:20210208091235j:image

あなたの話が聞きたい

こないだの夜だった、向かい合って久し振りにゆっくり話せるのも嬉しく、ついつい質問モードに。このひとはこんな風に考えている、こんな感覚で生きている、リスペクトしている大人の先輩の感性はいつも面白くて、内面をもっと知りたくなってしまう。

そんななか「はるなさんの話が聞きたいなぁ〜」と半ばやや強引に話が変わり、すっかり動揺してしまった。

質問が嫌だったかなとぱーっと思考は走るも霧散。切り替えて考えようとするも、なんだか照れくさくてもじもじしてしまう。

「あなたの話が聞きたい」とまっすぐに言葉にされたときに、こういうことを言葉にできるひとだから、ついていきたい、一緒にお仕事がしたいと思ったのも今振り返っているとよくわかる。

そんなことがまっすぐ伝えられるのって、とっても素敵なことに思えるからだ。

わたしはまだまだじぶんのことは上手に話せない。喋りすぎたり、ぜんぜん喋れなかったり。

さらに「なにがやりたい?」と尋ねられ、またフリーズ。

練習させてくれてありがとうと思いながら、たった一度の本番で答えたのは「もうひとつ上の視座で」「できることを数字でも捉えたい」というふたつだった。

問われてはじめて認識するじぶんの気持ち。

見つけてくれてありがとう、見出してくれてありがとうと、たくさん思う夜だった。