NOW 500→1000

曖昧な境界

美味しいと思うのは、それを誰かに淹れてもらったというのもあるんだろうと思いながら、舌のうえにのこる甘さを感じる。

だんだん薄れて忘れてしまう味を追いかけながら、ぬるい夕暮れ時のアーケードを歩く。

ひたひたと、じぶんが今の環境のなか泳いでいるのを感じながら、歩く。

2日前は北部にいて、昨日は大勢のひとと場を共有し、今日は打ち合わせのためにコザに来て、明日は友だちに会いにまた北部へ。

それぞれのコミュニティのそれぞれの色合いをたのしみながら、混じり合うエネルギーを眺める。

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湧水の湧く様にしばらく見入ったあと、その「ひたひた」の感覚はやってきて、どこにいるか誰といるか、言葉にしたら空気感とでも言うんだろうか、そこに浸されているじぶんを見る。

エネルギーというよりも無数の情報、細やかなつぶつぶでできたそれのなかにひたひたと浸かっているじぶんを見る。

藍染をしたあと指が染まるように、オイルをつければ匂いが皮膚に移るように、皮膚は思っているよりもその穴は大きく、身体の境界は感じているよりもずっとあやふやなもの。

どこに、なにに浸されているか、浸しているかはとても重要なこと。染まっていく、染まってしまう。環境がひとをつくるだとか、周りにいる人をその人数分で割ったらじぶんになるだとか、それも同じようなことを表したい言葉なんだろう。

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どのように在りたいかに敏感であるとき、つまり何に浸されようか、浸していようかを考える一方で、今まで出会っていたひとのエネルギーがゆっくりと身体から抜けていくのを感じる。

何度も押し留めて、じぶんそのものになって馴染み終えたと慢心していたそれが、決して一体にはなれず、ならず、解けていくのを感じる。

湿ったさみしさはやわらかい。仕方がないのだと頬なでる風が知らせる。

もともと別々のものだったから仕方がないと思いながら、そんなはずなければいいのになぁと思ってしまう。

でもたぶん何もかも錯覚、浸されていた浸していただけに過ぎない。固有のそれ、じぶん唯一独自のものは中心のリズム、振動以外に何もない。所有できるものなんて、本当に何ひとつないことを何度も思い知らされる。

美味しいものを食べて、抜けてしまった分のなにかを補充する。優しいハグを分けてもらって、何も聞かれないことをいいことにエネルギーを少しもらう。代わりにわたしのあげられるものをあげながら。

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そんな風にもらったりあげたり分かち合ったり補い合って、今のじぶんの色合いが完成される。ひたひたと互いに混じり合いながら、流れを止めることは選ばずに、前を向いて、ひたひたに浸されながら進む。

抜けてしまったスペースには、また新しいものが入る。大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら、ゆっくりと少し軽くなった身体を動かして波をつくる。

今つくった波が、やがてまた現実になって返ってくる。今包まれている柔らかなものが前に投げかけたそれならば、きっとこれからも大丈夫だと、じぶんと話す。