NOW 500→1000

雨 / 一年の変化

目と目の間がぎゅうっと痛くなる、低気圧の日はあまり仕事にならない。これも体質改善をがんばったら治るだろうかと気合を入れる。

雨は久しぶり。原付での出勤を早々にあきらめバスで行こうと家を出れば、ドアの近くにあったはずの傘がない。

そういえば前の台風のときに対策で片付けをして捨てたんだったと、、トホホな気分で雨がっぱを被りコンビニまでいそいそ歩いて傘を買う。

コンビニの傘市場もわたしが勤めていた6年前からずいぶん進化をしていて、小さいサイズは500円、すこし大きくなると700円、さらに撥水加工が優れてビニールじゃない素材になると1200円と強気な値段。

ビニール傘は一度買っておいてきてしまいがちなひとが「これなら持って帰るだろう」とチャレンジするのかしらとおかしく思いながら、まんまと700円のものを買った。

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傘のある安心を感じながらバス停でバスを待つ。ぼたぼた滴があたっては垂れていく様が瞑想的で、気づいたらずいぶん長いことそうして立っていた。

あの日もマクドナルドの駐車場で、その頃一緒に暮らしていた同居人の車の中、車窓に垂れる滴が腕や手の皮膚のうえ影をつくる様を眺めながら電話を受けたのだったと思い出す。

一年前の今頃、わたしはもっと嫌な気分だった。さみしくて、みじめで、投げやりな気分だった。一年でずいぶん変わるものだと懐かしく振り返る。

でも、あのとき落ち込むことをきちんとしたおかげでたくさんのいい景色とも出会えた。そして悲しかったことを癒し終えたわたしはとても強くなった。

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今もたいして状況は変わらないのに、今のほうがずっといい。この気持ちを支えているのはじぶんが選択したことの積み重ね。

二度とじぶんにミリ単位も嘘をつかないと決め、今日と同じ日は来ないのだと伝えられる愛情をその日に伝えることを実践し、そうやってじぶんとの関係を分厚くした。

その積み重ねが今なのだ。こんな努力、意味もないかもしれない。数年後には苦々しく後悔しているかもしれない。

それでも「思っても無駄だ」「傷つくのなら感じるものなどないほうがいい」といじけていた去年よりも、感じたことを抱きしめて歩いている今年のじぶんのほうが好きだと思う。

誰かを深く愛することは、仕事への在り方さえ変えてしまう。使ったら使った分なくなる資源ではなく、溢れだせば溢れだすほど総量が増えていくのがこのふしぎなエネルギー。

誰かに深く愛されることは、じぶんが信じきれないじぶんの可能性をひらいてくれる。後者についてはまだ確信が持てないけれど、もうすでにたくさんの現実が変わったような気がする。

ゆっくり感じていけばいい。必要な経験だけが与えられ、すべては最善なのだと知っている。