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じぶんで決めること

昨日つらつらと書いたものを朝になり読み返し、あれもこれも終わってないのにこんなものをシタタメテとじぶんを叱る。

叱ったところでなにも変わらないので、いそいそと着替えて、いくつかたのしい予定を設定しつつ働きに出かける準備を。

数日前のことがずっと昔に思えて、ピアスを選びながらため息。ピン留めくらいしていきたかったと思い返しながら、でもハプニングがあるなんて思わなかったと言い訳しながら。

尊敬している園子さんは「いつ出会いがあってもいいように」と身支度をされて家を出るとお話されていた。だんだんそういう日が増えるといい。まだまだものぐさな癖が抜けない。

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「苦しくなったら、苦しくないところまで距離をとればいいよ」とこれまた尊敬している大人の先輩にならって、そろりそろりと後退り。

いつの間にこんなに煩わしいことが増えたんだろうと、見えない網みたいで厄介だと、その網に助けられたり慰められたことも確かにあったはずなのに、ただ強くその網によりかかったじぶんを責める。

責められたじぶんはおろおろと泣くばかりで、そんな様子にさらに苛々としてしまう。

ひとしきり泣いたらスッキリとして、さっきの言葉を思い出した。そうしようとすぐに決め、そろりそろりと後退り。

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わたしの人生はわたしが決める、そればかりが腹の底から上がってくる。なぜ?静かに問い返す。何度も何度も深く深く潜り会話を重ねる。

制度や常識や、そういうものだといわれる本当はあってないようなものが瞬間の幸福の邪魔をする。

積み上げていくような幸せ、架空の社会にこれまた架空の正しさに担保された価値観を満たすことによる幸せは、わたしは仕事から得ることができている。

ひととの関係にもそれを求める、言い換えればじぶんとの関係ともいえる、そこから静かに歪みが広がる。

それをひととの関係に当てはめたら、順序が狂う。なぜ?

湧き上がるような、凪いだ心のなかにまっすぐ浮かぶような、上から月の光すっと照らすような。そんな思いや感覚、微細なそれはとても繊細で脆く瞬間のなかでしか呼吸ができず、兆しを逃せばすぐに腐り果ててしまう。

なぜ?

これを大切にすることは誰かを傷つけるだろうか。わたしを傷つけるだろうか。

否、なにも求めずなにも壊さない。

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それなのに時折訪れる言い表しのないような心細さ、じぶんの選択を支えるのがじぶんしかいないやるせなさ。それでもそれ以外が錯覚なのだと訴えるじぶんを無視することができない。

小さい頃からのさまざまな出来事、同じように苦しみもがいていた大勢のひと、それらの根っこにはその錯覚があったのではないかと、心の前に契約に重きを置いた、大袈裟に言えば盲目で傲慢な、その心にあったのではないかと思うじぶんを見ないフリができない。

なら仕方ないと腹を括り直す。だって一度しかない日を毎日生きている。「そういうものだ仕方がない」「来るもの拒まず、去る者追わず」あえていうならこれが座右の銘と別々のタイミングで祖父と叔父が似たような言い方で笑ったのを思い出している。

わたしはわたしで生きていくのでと天を仰ぐ。自由と責任はどこまでもセットだね。余すことなく引き受けて、感じて、生きていくことだね。