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ひとを好きになること 2020

ひとを好きになることはなんて奥深いんだろうと、ときどき不思議に思う。

もっとよくなりたい、もっとこうしてみたい、力がどんどんと湧いてくる。その一方でこのままなにもしたくないと思うほど時間をともにしているときの感覚は身体がそばになくても同じように幸せをくれる。

ひとを好きになるたびに知らないじぶんを知り、相手と道が分かれたあとも与えられた学びは人生を助けていく。

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大好きな絵本の最後から2枚目のページ。

そして、最後のページ。

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本はトレーシングペーパーを重ねて重ねて、彩り豊かにできている。

これだよ。

ブローチ

ブローチ

 

この本の道のりと、じぶんの内観、内省の道はとても似ていると思う。

恋愛というのにどうしても馴染めず、誰かを好きになるたびに身体の感覚や感情の波、なによりも「好き」になることをじぶんがコントロールできないことへずっと嫌気がさしていた。

好きというのは不思議な状態で、そのひとに関連する物事はそうではない物事に比べてずっと詳細にグラデーションを伴って受容や理解が進む。

伴ってじぶんとの結びつきも強まり、結果として周りの人とのコミュニケーションレベルも上がることが多い。

でもそれと反比例して、じぶんのなかに占める「コントロール可能」な部分が減る。いつもよりそわそわと携帯を眺めたり、相手によってもたらされる新しい刺激の中毒のようなものになる。

それがすっごく嫌だった、それはひっくり返せばそのひとがいない状態に耐えられないということでもあるからだ。

誰かを失いたくないと思うのはとても危険なことで、そんなじぶんでいる状態そのものが不安でストレスだった。

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しかし!

気づかない間にひとは進化しているもので!数年前のじぶんはびっくりすると思うのだけれど、なんとひとりでいる時間を嬉しく、また味わい深く感じているじぶんを知り。

この感覚を覚えられるまで、ずっとそばにいてくれたひとたちのことを思い浮かべて感謝した。身体的に閾値に達したんだと思う。ひとりではこうなれなかった!

偶然聞こえてきた甘えながら怒る小さい子どもの声はわたしはそういう子どもではなかったことを思い出させた。

その子をいいなぁと羨むじぶんもいたはいたけれど、こんなじぶんだったので出会えたひとたちや過ごせた時間があるのだから、まるっとよし。

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たとえば偏頭痛のときに薬は苦手でも、すーっと穏やかになる自然由来のものを見つけられるように。

わたしはこれからもちゃんと選択肢を見つけながら、じぶんと生きていける。どうして頭が痛くなるのかを考え、学び、それに対して対処法を選ぶことができる。

好きになることはコントロールできなくても、恋に落ちるたびに人生が豊かになることを知っている。

不安定になるじぶんと相手を切り離して、じぶんをどうすれば良い状態へと戻してあげられるかもわかっている。

ひとは変われることをわたしは知っている。

当たり前なことかもしれないけれど、、それはとってもわたしにとって重要なことだ。忘れないように書いたよ。苦笑

読んでくれてありがとう〜。

ブローチ

ブローチ

 

とってもかわいいから、本屋さんで見てみてね。