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読ませてしまわないように / ほんとうの交換だけが / 実態を紡いでいく/ 輪廻転生

しばらく前、まだ寒い格好をしていて3人で暮らしていて韓国から大切な友人が滞在していた頃。あるイベントに出ることになり、そのイベントのなかで「あなたという分厚い本を読まされているような気分になるときがある」と言葉をもらった。

もう思い出しても身体的な変化が起きない、でもその言葉をいただいてわたしは変わったなぁと思う。

「読ませてしまわないようにしよう」と決めた。それは相手にとって幸福ではないかもしれない、望まれていない誠実さかもしれないと教えてもらったような気がする。

そう思ったときから、わたしは全部を説明しないように、全部を言葉にして渡さないように、相手に委ねる部分を多分に持つようになった。

それは良い変化だったと思う。

わたしが体を動かす度にあわせて、なかの海がたぷんたぷんと波を打つ。言葉が踊り谷と谷との間に風が吹き抜けていく。

体のなかにひろがっている大きな空間、グロテスクな五臓六腑すべての微細な運動、走る思考、芯から揺らされる衝動。

そんなもの全部が混ざり合って口から、目から、額から、皮膚から、思いごとや考えごとが外側へと働きかけ、選んだものだけが膜から浸透してくるようにして内側に同じように入り働きかけてくる。

その動きがわたしには面白くて何もかもをシェアしてしまいたくなるのだけれど、確かにそれはわたしにとっての真実であり重要なことで、大勢の人にとっては真実でもなく重要でもないという至極当たり前なことだったのだけれど。

とにもかくにもそんなことを決めたあとだったから、もうそういう配慮が配慮ですらないレベルで身についたあとだったから、まっすぐに問いをもらったあのとき、その質問にどのように答えるかコンマ1秒、もしくは永遠、わたしは迷ったのだった。

それは「ほんとうのことを伝えたら相手を失うかもしれない」という恐れでもあった。相手が読まされていると感じる人なのか、それとも本当に読みたいと願ってくれているのかはわたしにはわからないからだ。

答えてしまえば実態を持ってしまう、はぐらかし続ければ実態は空っぽのままでも相手からの情報だけは得続けられるのだから、つまりわたしが進化していくのには今のままでも不足はない、答えてしまえば終わってしまうかもしれないのだから。

そんな葛藤など初めからなかったかのように、身体が先に動いて嘘なくまっすぐに答えた。形を整えることすらせずに。

トントントンと気持ちが良いくらいに会話がおさまっていく。くるくると言葉が縒り合わされ関係が紡がれていく。

ひとと関わることがこんなに安らかだったことは今までなかった、嘘が嘘だとすぐわかるような透明さも今まではなかった。

読まされている気持ちにはさせたくないと強く思いながら、相手の身体や表情や声色、においやムード、感じられるすべてを視ながら、求められた段階の詳細さを包装もせずに手渡していく。それはほとんど自己を、じぶんを形作る外側の壁面を外すような感覚だった。

ほんとうとほんとうの交換だけが実態を紡ぎあげていく。嘘ならいらない、嘘ならいらないのだと1ミリたりとも疑惑の入り込む余地を許したくないじぶんがいる。

まっすぐに、ただまっすぐにじぶんとして生きて命を終える。もしもほんとうに輪廻転生があるのなら、何度も生まれ落ち形を変えて生きてきたのなら、わたしのなかにある欲求の芯は、ただそれだけを望んでいるのではないかと感じている。

そして、そこに他者はほんとうの意味では存在しないのだ。だから読ませてしまわないことは大切なことで、だから尋ねてもらえたことがこんなにも嬉しく、嘘なく答えられたことがこんなにも誇らしいのだろう。

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今日も昨日も明後日も愛をしている。

ただそれだけのこと!もちろん明日も一昨日も。