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きっと明日は / フラッシュバック / 深呼吸

左手の甲がちくっと痛み、そのちりちりとした痛みがいろんなことを瞬間的に思い出させ、瞬間的に思い出させられたそれによってさらにいろいろなことを思い出させられ、怒りがワッとじぶんのなかにこみあげグワッと首のあたりで面を構えるのを感じる。

大きい生き物のようだとそういう類の怒りを身体のなかに見つけるたび、見つけ直すたびに思う。

ずんずんずんずんと大股で歩いて紛らわせる。

怒りも、寂しさも、ぜんぶ。どうしようもないとそれらの感情を眺めながらじぶんが思う。怒っているのも、寂しいのも、ぜんぶ。どうしようもない。

遠くにあるお月様が、下弦の月というのだろうか、猫の爪のよう薄く綺麗。建物がブルーに沈んでいくその青の色のなかで白く浮いて目立つ。

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腹いせにビールでも買おうかと思ったのにいつもの癖でアイスカフェラテを買って、なかなかやさぐれの格好がつかないので、せめてもとコンビニから”直帰”せずに家出を試みる。とりあえずそこまでとじぶんのなかで決めながらずんずんスピードを緩めずに歩く。

怒りで口を真一文字にぎゅっと結んで、結んでも結びきれずにその端ふるふると震えているのを感じて。「それでも」とめげずにじぶんに話しかける。それでも、そうだったとしても、ずいぶん変わってこられたもんじゃない?とじぶんに話しかける。

怒りも、寂しさも、じぶんのなかに湧き上がる気持ちは「子ども」としてのそれで、それはとても未熟で、わたしから排除できたらいいのに排除することはできないわたしの一部分であるということを未だに受け入れきれずにいる。

ぜんぶをひとのせいにしてぜんぶに背を向けて、ぜんぶから逃げてしまいたくなったり、ぜんぶの関係を一度に放り投げてしまいたくなったり、癇癪としか呼びようのないそれらの衝動。

やり過ごす術を大人になったわたしは散歩と入浴と読書と美味しいものと遠くへのドライブと旅、その6つだけ持っている。

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これらの処方箋だけで「まとも」に見える暮らしを送れているのだから十分かもしれない。まとも、まとも、どこからどこまでがまともでそうじゃないのか、画面の向こう完璧に見えるひとびとだってきっと皮一枚向こう「まとも」ではないのかもしれないけれど。

歩いているうちに怒りも冷め、残る寂しさを自己憐憫に変えるエネルギーもないまま電線がつくる影の上をなぞるようにぼとぼと歩く。 生きていくしかないのだと幼いじぶんの手を引きながら思う。それは湿っていない気持ち。ただ乾いている。

どうしようもないじぶんのまま生きていくしかない。もう一回やってみよう、もう一回休んでみよう、もう一回やってみよう。 悲しかった、苦しかった、嫌だった、我慢ならなかった、我慢したかった、言いたかった、言えなかった、言ってしまった。

あれらは、これらはもう終わっていて、これからは変えられる。今を変えられる力が今のじぶんにはある。

歩くというよりも感情のなかを泳ぎきるような日暮れの時間、一日のなかで一番苦手な時間。生きている間に見た夢がひとつずつフラッシュバックしては去っていき、その夢のかけらのなかに記憶のにじみを見る時間。いいことも、わるいことも。あの旅も、この旅も。

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泳ぎきったあとは気持ちの波を乗り越えられたじぶんへの労いと、これはあと何年ぐらいでなくなるものなのか知りたいという欲求と、誰か大きなひとの手のひらが頭を繰り返し撫でるのを感じる。 いろんなところから向けられている愛情を感じ、受け取る。

そしてそれを握りしめることなく仕事や暮らしのなかで放りだしていく。ひとつ、またひとつ。もらってはあげる。あげてはもらう。

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書き終える頃には癇癪の一部始終はもう過去のことになっていて、怒っていたのも寂しかったのも思い出した諸々の不快さもすっかり忘れている。もう一度仕事に戻る。

中学生の頃は週のうち6日は調子が悪かった。高校生の頃は週のうち4日は調子が悪かった。大学生の前半は週のうち2日は調子が悪かった。後半では二週間に一回、卒業してからは月に一回。最近の暮らしでは1シーズンに一度あるかないかの錯乱(もしくは錯乱ごっこ)なので、そう思えばこの10年でずいぶん良くなったのだ。

そう思い終わったらうーんと大きく伸びを一回していい気持ちになっているじぶんを勝手だなぁと笑って、6月にいくつかたのしい予定を仕込もうかなとカレンダーをぱらぱらめくる。久しぶりに遠出がしたい。飛行機に乗ろうか。どこへ行こうか。誰と行こうか。何をしようか。ああ自由だと心の底から思え、ほうっと息をはく。その感触、緩んだ身体の内側を確かめるように深く、深く息を深く吸う。