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コロナにいろいろと教わる / 仕事の喜び / 会えない時間が

たいてい眠る前にたらたらとそのとき感じていることや、その日を通じて学んだこと、考えたことをフェイスブックにだらだらと書くということをして。次の日の朝には消すことをフルリモートに切り替えてからずっとやっている。

何を書いても不謹慎な気がしてしまうというのがその理由。怒りと嘆きと幸福にまみれたタイムラインのなかでじぶんの投稿はなんだか変に滑稽でいたたまれなくなる。

わりと瞬間的に削除を押す。

でも、なんとなくやっぱりここ数日でじぶんが感じたことは書き留めておきたいと思い今改めて書いているところ。

  • フルリモート勤務で思ったこと
  • お仕事がもたらしていた3種類の喜び
  • 会えない時間が育てるもの

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(しばらく長期的に家をあけられないとわかったので、懲りずにベランダ緑化計画開始)

フルリモート勤務で思ったこと

意外と快適!タスクはサクサク進む。

施設で勤務している(せざるおえない)スタッフもいるので施設とzoom繋ぎっぱなし案もあった。しかしずっと繋ぎっぱなしはディスプレイがひとつしかない状況だとストレスだなと判断。

ミーティングを3ついれてあとはタスクを進めるみたいなリズムをつくって過ごす。

メリハリがあるといいみた・・・いと思ったら、次の日は鬱。

その日はミーティング1件で他はタスクを進める形で組んだんだけど、あまりにも会話がなさすぎたのとリアクションのない仕事が主だったので孤独を感じたみたい。

じぶんが鉄仮面で波もないなら、どんな状態でも完璧に仕事を仕上げられたのかもしれない。

でもそうではないしすぐそうなれるわけでもないので、じぶんの特徴を知りながら環境をつくっていくのは案外良い方法なのでは?と今は考え中。

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お仕事がもたらしていた3種類の喜び

今日、ある尊敬する大人の先輩が「あなたは働いているときにどんなことに喜びを感じますか?」という趣旨の質問を投げかけてくださり。

昨晩考えていたのはまさにそれ!と嬉々としてお話してしまった。(わたしばっかりお話してしまった。。それはあまり品がある行為ではないので、反省中。。)

  1. 役に立てた!系の喜び
  2. いい世の中につながっている!系の喜び
  3. わきゃわきゃコミュニケーション系の喜び

の3つなんだけど、時間軸でいうと超短期的な喜びが「わきゃわきゃコミュニケーション」のもたらす喜び。これは一緒に働いているひととの無意味で非生産的な冗談のやりとりがもたらす幸福。

リモートでもSlackの「ふふっ」とするやりとりや、ビデオミーティング中の「おい!笑」みたいなやりとりはささやかにそれをくれる。

でも、オフラインのあの空気感が恋しいあたり、非言語のコミュニケーションのなかでも身体性を伴わないもの、笑いの共有や感情の共有がもたらすものは計り知れんと考え事がうずうず。(心理的安全性がリモートワークには必須!みたいなのは概ね同意だけど、それについて事前のコミュニケーションが豊かかどうかは対して重要ではない。業務委託の書き起こしのお仕事は4年間リモートで、会ったことがあるひとのほうがお相手は少ないけどいつも即レス&絶対無視されないから信頼感すごいもんね。心理的安全性の担保とオフラインのコミュニケーションの関係についてはもう少し深掘りが必要。)

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一年間を積み重ねたからこそできるリモートであることは間違いないけどね。

1と2はそのまま。1の「役に立てた!」は子どもがお手伝いをするのと一緒、生まれてきた理由も概ねそこにあるような感じ。でも生まれてきた意味がそれだけではないように2の喜びもある、これはとても長期的な喜び。

じぶんの抱いている羅針盤の方向と今している内容がきちんとあっているという安心感、大いなる喜び。

会えない時間が育てるもの

大好きなセレクトショップのお仕事はお客さんの安全を一番に考えて、わりと早いタイミングでしばらくのお休みを決めた。「会えない時間が愛育てるのさー」とオーナーがふふふんと歌う。それは真理だと思う。

声を聞けば顔が見たいと思うし、現在の技術のおかげで顔が見れちゃった日には抱きしめたい(抱きしめられたい)と思ってしまう。その切なさは制限があるからこそ生まれるもので、湧き上がる気持ちは次会えたときにちゃんと表現できるはずだ。

でも、気持ちをピュアに表現するのって実はとっても鍛錬が必要。

そんな言い方がしたかったわけじゃないのに、そんな話がしたかったわけじゃないのに、なかなか「素直」を選択するのって大人になればなるほど難しい。

じぶんのなかに湧く不安は誰のものなのか、じぶんのなかに渦巻く怒りは誰のものなのか、なぜ意見が異なると腹立たしさやわずらわしさを感じるのか。

身体中を走って通り抜けていくこの嬉しさ一体何か、相手とのつまらない会話でなぜこんなに面白い気持ちになるのか、どうして今こんなに恋しいと思うのか。

じっと見つめる時間を持っておくと、肝心なときに嘘をつかないで済む。

つかなければいけない嘘もあるけれど、一対一の関係のなかでの嘘はねければないほど感情の交換やエネルギーの交換がスムーズに起きる。

会えないからこそ感じる小さな滞りや淀みや、きっと未来で大きなものとして現れる。

小さな波を手でぱしゃんと壊すようにして、中心の波紋を整える。今はそういう時期なのだと、会えないというのはそういうことなのだと、じぶんに言い聞かせながら今日も眠る。

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車に乗って遠くへ行きたい。4月20日が終わったら。