NOW 500→1000

もうすぐ終わる / 変わり続ける / 自然とは

ずっと続くといいのになぁ と、お昼ひさしぶりにお布団に寝転びながら思っていた。

同居人との何気ない会話、お互いへのちょっとした甘え、3人分の料理、ちょっと聞いてよ!と話しかけられる距離感。

わたし思っていたよりもこの暮らしを気に入ってたんだなと終わりがけに気づく。たいていのことってそうなのだ、渦中にいるときの至福感は失っていく過程を経て、切なさを帯びた喜びに変わっていく。

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とはいえこれをずっと続けたいかと聞かれたら否、もう飽き始めているところがあるし、ひとりの時間を満喫したいような気もしている。

決してネガティブではない、愛していることにも変わりはない、だけど「ずっと同じ」はない、身体の内側や外側が時間の流れとともにどんどんターンオーバーを繰り返すのと同じように心も変わっていく。

芯にある愛情は変わらない、ただ流れゆく先や表現の方法が変わるだけ。自然なこと。

会えなくなっても、思い出す回数が減ったとしても、愛していることに変わりはない。それもまた自然なこと。

もう心が変わっているのに必死に脳みそで繫ぎとめるほうがよっぽど居心地が悪く、また苦しく、味もまずいような感じがする。要は不自然なのだ。

不自然なことはしたくない。起業したくないひとは起業しなくていいし、考えたくないひとは考えなくていい。感じないひとが感じるようにならなくていいし、わからないときはわからないままでいい。

「もう何もしたくない」とじぶんでいいと思って走り始めた仕事だったとしても、何かしらのプレッシャーを感じ続けるとついつい思う。

それでも数日意識的によく眠ってよく食べたら「こんなイベントやりたいな」とか、自然にまた湧いてくるのだ。それは今度はやらないほうが居心地悪い欲求へと育ち、結局またしっかり働く。

やりたいときにやりたいことをするのが自然だ、ひとの役に立ちたいとなんでもしてあげたくなっちゃうのも自然、電話かけるって言ったのにってへこむのも自然だし、、。

自然なことは心地いいし、流れが淀んでいないから展開がスムーズだ。不自然なことは居心地が悪くて嫌な気持ちになるし、流れが淀むから全体的にうまく進まなかったりする。

そう、だからこの不自然で自然な3人の暮らしが終わることは良い流れで、わたしはこの期間が人生にあったことが本当に嬉しいし、次の一人暮らしもたのしみ。さみしいけどね。これでいいよ。

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