LagoonでRyukyu frogs 11期生の河野美伶さんがトークイベントを開催した。
”魂のエバンジェリスト”常盤木さん(トッキーさん)がモデレーター、トッキーさんからなぜかご指名いただきわたしも登壇。
醜形恐怖症とは
美玲さんから最初にインプットのパートとして、ご自身も患われている「醜形恐怖症」についてのレクチャーがあった。 醜形恐怖症とは、極端に美醜にこだわってしまう病気で、部屋の外に出られなくなったり、電車に乗れなくなったりするんだそう。
今は症状もだいぶよくなっているし、症状と向き合うことはじぶんと向き合うことそのままで、だんだんと生きやすくなっているとお話されていた。
苦しかっただろうなぁと思いながら、発症のきっかけとして中学3年生のときの”恋人”の発言があったと聞いて、その当時の恋人とやたらをビンタしたくなった。
・・・とは言いつつビンタしたいのは彼(彼女)だけではない。
わじわじするけど
美醜の定義が様々であることを忘れさせるマスも嫌、小学生から”恋愛”をする(恋愛市場に組み込まれる)意識の作られ方も嫌、スマホで簡単に精神疾患のチェックができちゃうことも嫌、病気としてそれを認識した瞬間にそれがアイデンティティのなかに入り込んでいくことも嫌。
「主語」を忘れてひとや環境や政治を責めるひとも嫌(ブーメラン!)、じぶんの言葉ではなくひとの言葉で感情と向き合うひとと話すのも嫌。嫌なことっていっぱいある。
でも徹底的に排除してお気に入りだらけのユートピアをつくったところで空っぽ。
必要なのは「では、どうする?」とDO DO DOだけで、この嫌悪感はじぶんのなかで燃やし尽くす、燃料にするためだけに存在する感情なのかもしれない。
美伶さんはすごい
生きてるっていいことばっかりじゃないことなんて随分前から気づいているのだけれど、この怒りは生きていくうえでモチベーションのひとつなのだと思う。
そして、そんな怒りを内包しながら大学生活を終えたわたしは「政治とは暮らしそのもの」という答えを4年半の大学生活で出し、もっと「社会」と「経済」を知りたいと思って仕事をいろいろ経験してみよう!と、、今に至るわけで。
美伶さんは今19歳、ちょうど「今に至る」前のわたしと同じくらいの年齢。
トーク中もずっと素晴らしいなぁという思いがあった。
みんなの前でこんな風に堂々とお話されて、じぶんの言葉を見つけようとすることを諦めない。ひとから指摘されたことに対して批判や否定の感情よりも先に「そうかもしれない」と受けとめる力がある。
それってなかなかできることじゃないよなぁと思いながら、前に座って話を聞いたり話をしたり、トッキーさんにツッコミをいれる役をしたりしていたよ。
「じぶんを大切にする」文化をつくろう
参加してくださった方もそれぞれに味わい深かったようで「じぶんを見つめる方法を模索していたが具体的に役に立つ情報があった」や「若い頃を思い出した」とご自身の経験をお話してくださった方もいらっしゃり会場はイベント後も盛り上がった。
誰かがじぶんと向き合う過程を不特定多数に公開することは「じぶんを大切にしよう」という文化をつくるうえで非常に有効なのかもしれない。
「Lagoonにまた来たくなった」「また来ます!」と最前列に座っていた10代チームが言ってくれたことも嬉しかった。素敵な大人がたくさん集まるから、完璧なタイミングで完璧なヒントが与えられる・キャッチできる場所だと思って働いているから、わたしはとても嬉しかった。
遊びにきてね。