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最終日前に思うこと / 人生2周目 / 年の瀬に

明日が展示会の最終日

思い考えることがたくさんあり、ちょびっと欠けてきた月の下で少しだけ立ち止まる

 

今年の8月頃から少しずつ少しずつ忙しくなり、ひと月に一度は訪ねるとお約束した師である先生のもとへも行けないほどに里の行

 

大学を卒業するあたりから続いていた「主語を見つけるための忙しさ」ではなかったので、身体は苦しくても心は苦しくなかった

どのお仕事をしているときも、わたしがやりたくてやっていることだというのがはっきりしていたし、どこかしらにわたしだからこそできることが潜んでいるのがありがたかった

 

8月、9月、10月、11月と何回も何回も大きなゴールを描きそのためにイベントを企画し運営してまた反省を重ねる

そんな時間をどのお仕事でも重ね、合間合間の那覇のセレクトショップへの出勤のときにようやくじぶんと再会をするような暮らし

 

余裕がなくなると生活が荒れる癖は3人で暮らしてるおかげかずっとましで、じぶんのことを傷つけることなく忙しさのなか生きられていることがありがたい

 

明日の最終日を終えたら、明後日は那覇の仕事、そのあとはコザ、また那覇と繰り返しの日々に戻る

合間合間で作業の時間を見つけながら、社会のなか様々な事情のもと働くひとの信念やHOWTOに触れられる書き起こしの作業をしながら・・

 

働いているのが好きというよりも、今目の前にある手段でどうじぶんを表現できるだろうかということばかりなように思う

経験値が積もってゆけばもっとその表現と内容の距離が縮まっていくだろうとこれから先をたのしみに感じている

 

反省はあれど不安はなく、悲しみはあれど嘆きはない

 

ひととの関係もべたべたとしたものが減り、必要なタイミングで必ず必要なひととの出会いをいただいて、その流れの滞りのなさが嬉しい日々です

 

ときどきじぶんの感情や欲求の波の激しさの前に動揺してしまうことや、それを持て余すこともあるけれど、それも次の局面への良いエネルギーに転換されていく

 

人生というのはいいものだなと、もうすぐ終わる2周目のじぶんの人生についてよくよく労いのきもちを持ちます

 

0歳から12歳までの間に学ばせてもらったこと

 

その間に養っていただいた感覚、知識の吸収の仕方

自然から感じることやひとから感じること、そして言葉の扱い方

傷つくとはどういうことなのか、傷つけるとはどういうことなのか

ひととして生きる業、血の繋がりの持つ両極の面

 

12歳から24歳までの間に学ばせてもらったこと、学んでいること

現実を生きるということ、血の繋がり以外の繋がりの意味

家族を持つということ、家族になるということ、家族を超える感覚

お金との付き合い方、動かし方、積み重ね方

ひととの出会いの見分け方、ひととの出会いの育て方

 

裏と表がぴったり重なるようなその学び

それらを礎にここから36歳まで、次はどのような世界を生きるのか

 

わたしが一番わたしの可能性を感じていたいと、ここ数日沖縄の実家のように感じている場所で、沖縄の家族のように感じているひとたちのなか、そう思いながら生きていました

 

若いのにすごいねと言われることへの違和感を「はるな、あんたはすごい」と伝えてくれるひとの愛情が拭い去ってくれる

 

「褒めてくれてありがとう」と照れながら伝えれば「褒めてるんじゃない、感想を伝えているんだよ」と言ってくれる

その真心にどれだけ助けられ支えられながらこの数年を重ねていたか、どんな言葉で伝えたらいいかわからなくて、いつもうまく言えなくなってしまう

ほんとうにありがとうって、沖縄に来られてよかったなと、沖縄に来るまでの日々と沖縄に来てからの日々に思っています

 

年齢も、性別も、この身体の特徴さえもすべてすべてすべて脱いで、過去さえも脱いで、未来さえも脱いで、今に生きていられたら

その一瞬一瞬で空間を共有し創造するひとたちと快く交流ができるなら

 

わたしはそれが何よりの幸福だと感じます

 

その意図を現実にするために構想を練らなくてはと、脳みそがうずうず

まずはわたしから

 

なにもかもわたしのなかに答えがあり、その答えは最初からすべて外側に現れているのだから

きっと形にできるはずとただそう感じています

 

良い年の瀬になりますように

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あいらぶゆ〜