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ヤキモチ→嫉妬→+執着=お化け

タイにいる間に整理された考え事のひとつに「やきもち」と「所有欲」の関係があった。

これもまたわたしをうんと楽にした考え事だったので言語化して体の外に出しておきたい。

わたしは撫でられている猫に「いいなぁ」と思うくらいヤキモチをやくほうで、ああいいなぁと口に出てしまうことだってあるくらい精神的に未熟だ。

  1. 猫が羨ましい
  2. ヤキモチと嫉妬の違い
  3. 執着のおばけ
  4. 魔法を解くのは自己肯定感
  5. 所有欲には程度がある(予想)
  6. 感情の波は過ぎ去る

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猫が羨ましい

ああいいなぁ・・・と思う。足元で撫でられている猫が羨ましい。無条件に可愛がられていいなぁ、なんて幸せそうな顔をしていること。

そして猫や犬、動物を愛でるひとっていうのはどうしてこう色っぽく見えるんだろうか、ずるい、ずるい、わたしも猫になりたい。

猫をなでているひとをみると思う、猫が嫌いとか犬が嫌いとかいうとそういうことはなく、むしろ動物はわりとみんな好きだ。

ただ、羨ましいし、好きなひとが撫でている猫にはああこれはヤキモチだなという感情を抱く。

わたしにとってのヤキモチは「いいなぁ・・・」なのだ。

ヤキモチと嫉妬の違い

よく一緒に使われる言葉だけれども、ヤキモチと嫉妬は明確に意味が異なる。言葉の持つ重たさや匂いも異なる。ヤキモチは軽くて香ばしく味でいうとちょっとピリっと苦い感じの炭酸なんだけれど、嫉妬はべちゃべちゃしていてタールのようなんだか嫌な冷蔵庫の匂いがしまずい。

ヤキモチと嫉妬の間にある距離は一体なんだろう。そこには執着が隠れているような気がする。

ヤキモチは妬いたとしても「どうにかしてやりたい」「どうにかなりたい」「どうにかしたい」というような欲求はわかない。

嫉妬はどちらかというとそれにプラスし苦しみが入る、どうしてああなれないんだろう、どうして手に入らないんだろう、どうしてどうしてと狂ってしまう、そこにあるのは対象への執着だ。

執着のおばけ

わたしにとっておばけというと思い浮かぶのは黒いドロドロとしたもの、もののけ姫の祟り神のような感じのものだ。

ヤキモチはまだおばけ化していない感情なのだけれど、これに執着が加わりなんだか練りに練られると執着のおばけになってしまう。

「なにがどうしても手に入れたい」「なにがどうしても手に入れたいものが手に入らず苦しい」どんどんとじぶんを蝕んでいく。

じぶんを蝕み終えるとそのおばけは進化してひとを傷つけてしまう。

暴力的な言葉をぶつけてしまったり、念を飛ばしてしまうこともあるんだろうと思う。

(体を診てもらっているとよく「ああこれ女の人の念だね」とかって祓ってもらうことがある、生き霊ってあるんだなーと驚く。)

魔法を解くのは自己肯定感

中学生とか高校生、大学生初期の頃はこのヤキモチが嫉妬になってしまう、そして執着のおばけになってしまうことがよくよくあった。

そして、そこにあるのは果てない自己肯定感の低さだったように思う。

じぶんがひとりでは立てないから、じぶんがじぶんのことを大事にできないから、その結果としてじぶんの代わりにじぶんを肯定してくれるひとを手放したくなくなる。

そういうことなんだと思う。

それに気づいたのは最近だった。自己肯定感が気づいたらあがっていて、なんていうかヤキモチをやいてもそれがおばけ化しなくなっていて、なんでだろう?と考えたら、ああそうかとすぐわかった。

ずっとそばにいてくれたひとと分かれひとりで暮らし、そのあとシェアハウスに移り、仕事もカフェから別の場所に変わりより能力を活かせる場所で働くようになり、そういう変化のなかで、自然と「できること」が増えたりして、また「できなかったこと」もたくさんあったけどそれに対するいろんなフォローや考え事から、わたしは気づいたらすごく深くじぶんのこと大切に思うようになっていたのだ。

所有欲には程度がある(予想)

ただ自己肯定感があがればおばけ化しないかというとそうでもないのかもしれない。

わたしは小さい頃から所有欲が薄く、手に入ったものがすぐ壊れても「ま、いっか」と思う節がある。あまりコレクター気質ではないのだ。

近くにいるひとを観察しているとコレクター気質のひとは非常に非常にヤキモチがおばけ化しやすい傾向にある、たぶん他者がじぶんの内にあるのだろうと思う。

それはそれで面白そうだと思うけど、わたしは違うタイプみたいだなと思う。

感情の波は過ぎ去る

とはいえ全くないわけではないので、ああ手に入ったらいいのにと思うものが手に入らないと苦しくなるんだけど、でもそれもなんていうか3分も持たない感情の波で。

それをただああ~ああ~とその波の浮き沈みを感じていたらいつのまに終わったり気がそらされる出来事が起きたりする。

だからまあ相変わらずヤキモチはよくやくんだけど、でも、それが嫉妬になっちゃうことも執着のおばけになることも減って、とっても嬉しい!

そして、所有欲とヤキモチを切り分けて考えられるようになってくるとパートナーシップ観・結婚観がガツンと変化するわけです。

その変化は・・また次!

あたしの一生: 猫のダルシーの物語 (小学館文庫)

あたしの一生: 猫のダルシーの物語 (小学館文庫)

 

 「あたしの人間」とどの猫も言っている(ような気がする)のだ。