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holiday

ときどき訪れる、書いては消して、書いては消して。言葉になってもうまく文章にならなかったり、文章になったところでじぶんにとってすら価値があるものにならなかったり。

そんなときはたいてい心がどこか麻痺している。

今日は心が麻痺していたことにようやく気づき、そしてその痺れをほどいた日だった。

昨日と今日のキャンプのために日付をあけていたのに生理痛も重たく外で眠るのは難しいと途中で切り上げたら突然1日ぽっかりと予定があいた。

もちろんパソコンを開けば取りかかれる仕事はいくつも控えているし、スマホのアプリひとつには返さなくてはいけないメールもあるのもわかっていながら、今日は・・・とその指を止めてパソコンもかばんから取り出さないことに決めた。

決めたのも布団のうえ。なんだか動き出せずにぼーっと空を眺めていた。雲ながれながれゆく、もう夏のかけらもどこにもない。季節が変わってしまった。

嬉しいような寂しいような、ぽつんとどこか置いてけぼりになった気分がやるせなくて動けずに、ただまた空を眺めていた。

せっかく予定がないのにこんなことではいけないと首をふって身体を起こし、お花のお水を変え、以前いただいていた牡羊座のハーブティを淹れ、氷を4つ落としぬるくして飲んだ。

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そういえば洗濯物もたまっていたのを思い出して、ついでだからと布団も干してみた。

もうすぐ読み終えるだろうか分厚い小説は分厚さと反比例するような内容の薄さが一周回って面白く、来たるシンギュラリティのあとの課題点をフィクション交えて学ぶ導入書のような本だなと結論づけた。

人間はもっとロマンチックで、もっと愚かで、でももっといいものだと、改めてじぶんの人間主義に気づき、意外とそうでもないかもしれないとじぶんに対しても思考の量と質が比例しないなと苦笑い。

クオリティランド

クオリティランド

 

気づいたら10月が終わる、とても長くてとてもあっという間の1ヶ月だったよ。

9月末のイベントラッシュから走り続けてしまったという感じの時間のすぎ方にじぶんでもすこし呆れている。

意識的に沖縄市の創業支援の仕事をメインに起き、主語を施設において動いた1ヶ月だった。

もしもじぶんのルーツに政治の職が入っていなかったら、幼いわたしの頭を育ててくれたもう亡くなっている祖父の本のあとがきを読んでいなかったら、こんなに真面目に働かなかっただろうと思う。

「人間とは」を真剣に考え、地球を思い、信念を持って仕事をしていた祖父は、わたしにとっては優しくどんな”ばかげた”質問にも誠意を持って受け止めてくれる唯一の大人だった。

仕事ができるかどうかよりも、外面がいいかどうかよりも、なによりもまっとうであるかどうか。まっとうであれるかどうか。それだけが重要に思える。

まっとうではないと感じることが多すぎて、道を歩きながらただ話のなかで冗談のように友達からでた言葉にも「なぜそんなふうな言葉が選べるのか」強い怒りを言葉にしてしまいすぐに後悔した。

意見ではなく感情にまかせて出た言葉はただの八つ当たりだ、相手に届けるためにではないじぶんの感情の発散のための言葉はただの暴力だ。

じぶんのなかのこだわりを他者に求めるべきではない。ポリシーの共有はチームで動くときのマストではない。ビジョンの共有とポリシーの共有はとても似ているけれど全く違うものだ。

仕事って難しくて面白くて感慨深いもので、ピアノを弾くよりもウクレレとうたうよりも絵をぽとりぽとり描くよりもずっとずっと「表現」だと思う。

いい表現をしたい、いい表現がしたい、嘘をつかずに、ひとに届くものがしたい。

今できる範囲で、今いただけるご縁の範囲で、ちゃんとやりたい。

そんなこと思ってるよと前だったら話せたひとはうんと遠くにいてもう話ができないので、ひとり体のなかでぐるぐると言葉を紡いでは捨てている。

仕方がないと言い聞かせてもさみしいものはさみしくて、たのしかった記憶を消してしまえたらいいのにと思うけど、そんな魔法はどこにもないのでとりあえずで忙しくしてみたら身体がくたびれはててしまった。

大人のふりってじぶんで思っているよりも体力を使うみたいだ。

そんなこんなでやりきれないので、ゆっくり過ごして体力が回復したあと、いつもの場所に体と心のメンテナンスのために出かける。

庭にでれば一面青に沈み、施術してもらう小部屋は適度にぬるい雰囲気で心地よく、触れてもらいながら体は一面的なものではなく多層的なものであることを感じながら、ただ流れてくるエネルギーに身を任せていた。

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施術が終わったあとは今度は心のメンテナンス。

カードをながめながら少し遠くの未来を整理していく。

ひととのご縁の意味をほどくこと、なぜ出会えたか考えること、なぜ別れるのか考えること、そして考え受け取った意味を学びへ変えて、次の選択をすること。

人生はそれの繰り返しだなと、12年の周期でやってくる天中殺の意味を教わりながら、前回の天中殺のことを思い出していた。

あの頃のわたしの苦悩のおかげで今のわたしは幸福で、これからのわたしの選択は12年後のわたしを幸福にするだろう。

ひとつひとつ選んで、ひとつひとつ重ねる。それしかできないのだと、まだ胸は痛むけど、タイから戻る頃にはもうずいぶんと楽になっているだろうという気が今日でようやくしたのでしっかりじぶんと結び直してまた進もうと決めた。忙しくする作戦は一旦やめ。11月はじぶんのリズムを見つける月にする。