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24歳 1/2地点

少し歩いただけで汗がにじむ。あつい。


台風が夏を連れていったなと嬉々として長袖を羽織っていたのに、自然はいつも直線的ではなく曲線的に変わっていく。


なににでもリズムがあり形があり色がある。

ひととの関係もそうだ。

 

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久しぶりの叔父と叔母との食事はとても豊かな時間だった。


大好きなお店、24歳になったお誕生日をお世話になっている方にお祝いしていただいたのが今年の春。おとといの夜でもう3回目の食事だった。


お野菜がとにかくしっかりと味がするのとそれぞれのお料理の味が薄すぎず濃すぎず好みで、祖父母も喜んでいた。


叔父たちも美味しい美味しいと気に入ってくれていた。赤ワインの泡を飲んでみんなでワインというよりもWelchだと言って笑ったのはたのしかった。


こないだ夏のお盆の時期に里帰りしたときは顔を合わせれば「結婚しないの?早いうちがいいよ」と世話を焼かれていたので、今回はどんな会話になるだろうと少し身構えていたのだけれど。


始まってお互いのリズムが滲み混じり落ち着いた頃に話題に上がった「結婚」はとても喜びに満ちたテーマとなった。


東京で頑張っている大切なひととはあくまで今は結婚するつもりがお互いにないことを初めて打ち明けた。


それぞれがそれぞれの今いる地域で関わっている仕事をエンジョイしているので一緒になるためにどちらかがそれを辞めるのは変だと考えていると。


(わたしのセクシュアリティ観やパートナーシップに関する諸々の考え事は、あくまでわたしのなかでわたしの筋を通すためにあるので割愛した。理解してもらいたいという欲求がなければ話す必要は全くない、それはむしろポジティブなことだと思う。)


叔父はそりゃそうだと笑い、どちらもがじぶんの仕事をつくりあげお互いに自営でやるスタートラインに立てたらその話もでてくるだろうと意見をくれた。


お前と一緒になるならそれくらいじゃないと無理だなと笑うのを見ながら、愛知に移った高校2年からずっとよく見てくれていたのだと改めて感謝して少し後ろからしみじみと談笑かわされるテーブルを眺めた。


結婚というのは好きだ愛してるのすったもんだを終えて、お互いの人生を考えた時に最良でありこれしかないと思ってする決断だというのが叔父の持論のようだった。


制度を冷静に捉えているところや、恋愛至上主義じゃないところ、叔父が叔父自身の言葉でそれらを語る様子にやっぱり尊敬がわく。


その後は経営の話になり、会計の基本的なスキルの上げ方、全体的な捉え方、資本の作り方、、、お金の話に移り、叔父が投資を始めた頃の話や積み立てるものについてのアドバイス、質問したこと全てにきちんと的確にアドバイスをしてくれた。


美味しいワインを4杯も飲んで、あんなに美味しいお食事を食べて、本を5冊読んだくらいの情報量で、帰りのタクシーのなかわたしはクラクラとした。


まだまだじぶんがなにを形にしたいのかどのような形に仕上げるのかはわからないけれど方向性はだいぶわかってきたような気がする。


帰ってから横になり、素晴らしいなぁ、ありがたいなぁと、ぼーっとした。


血の繋がりなんて、血の繋がりでしかない。


捨てることも捨てられることも簡単で、それがあるから愛しあえるわけでもない。


なのに、一度繋がった縁をしっかりと守り育て、時折こうやって栄養を与え続けてくれているということに思いを馳せると、どんどんと身体があたためられていく。


そして叔父は同じように出会っている人を大切にしているんだとこれを今書きながら気づき、そうかそうかと頷いてしまった。


一度出会えたひとを大切にする。


出会うというのはとても広い意味のある言葉だけれど、ここでの出会いというのは非常に非常に狭い言葉だ。


一度出会えたことを大切にする。

丁寧に相手と向き合う、いまの自分が持つリソースを惜しみなく与える。

わたしも叔父みたいな大人になれるといいなぁと、遠く先にいるじぶんを思う。