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24 / 粗削りなまま

思考がぶつ切りになるのが好きじゃなくて、感情を見つめている作業がぶつ切りになるのも好きじゃない。
考えている最中に、考えても意味がないっていう答えに達することほど悲しいことはない。

考えた末には何かしらの意図があり決定があり行動があるのが美しい。
考えても意味がないことなんてひとつもないし、実はわからないこともひとつもない。わかりたくないことがあるだけだ。

気がすむまでこねくり回していたいし、他の人から見てその形が悪かろうと良かろうと死ぬほどどうでもいい。
わたしは考えたいから考えていて、感じたいから感じている。誰かや何かによって身につけてしまった後天的な概念から自由になることには、何枚も知らず知らずに重ねてきていた重たいものを脱ぐような喜びがある。

たとえば付き合うとか、結婚とか、年齢のせいかよく聞かれるけれど、これももう死ぬほどどうでもいい。

する必要に迫られるまではもう契約を誰かと結ぶことはなるべくしたくない。

今年で7年目のご縁になったひとと彼氏彼女と呼ぶのをやめ、それでも足りずパートナーと呼び合うのもやめるようにした。

お互いを大切に思ってしていることではなく、惰性とじぶんのなかにある欲求、征服欲や独占欲を正当化するための手段だと思ったからだ。

そして誰か新しいひとや何かとのご縁の前、それを遠ざけてしまう謎の配慮が生まれるのもつまらないと思ったからだ。

人生はもっと旬をたのしむほうがいい、わたしはそういう性質なんだろうと思う。大切に思うからもっと豊かに生きて欲しいしもっと豊かに生きたいと願う。そのためにはパッととびつける瞬発力がいるし、契約はそれを阻む重しにしかならない。

いま一緒にいるひと、いま隣にいるひと、いま話してるひとのことに精一杯心を注ぐ。これがいちばんたのしい。

彼のことだって前よりもっと素直に愛してると思う。まわりに理解はされないけど。

そして重要なのは、ずれにくいということだ。

契約関係にすると、終始きになる。
相手がその契約内容を守っているか監視してしまう。

終始きになるのは楽しくない。
わたしにはわたしの時間が必要で、誰かの時間を生きることはじぶんを生きる上で寄り道になってしまう。したい寄り道じゃない寄り道はしたくない。

契約は解除するのが大変だ。

明日にはすきじゃなくなってるかもしれないのに。だってそれも自然なこと。だって瞬間瞬間に人間は変わり続けているし、座標も動き続けている。

関係だけが固着したまま移動するとは考えにくい。

変化に合わせて変容に合わせて関係も彩りをかえて、美しさが濁らないように、流れ滞って腐らないように。

わたしにとっては酸素レベルで大事なこの話も、わからないひとにはわからないのわかってるけど、頭ごなしに付き合うことや、結婚の話されると、それがなぜ幸せなのか、どうしたら平和的に質問できそうかしばらく悩む。

暴力的な質問はしたくない。

わたしはもっとわたしのできることを増やしたい。自由を広げたい。そのうえで 永遠に 一緒にいたいと誰かと思うのかもしれないし思わないのかもしれない。

こんだけ人数いるなかで出会ってるわけだから、今まわりにいるひとなんてみんな運命の人だよね。

すきだっていろいろで、そのいろいろも丁寧に扱いたいのに、結婚とか付き合うとか、わたしにとっては立派なグーパンチな言葉だけど、それもまたうまく伝えられなくて、こないだもまたヘラヘラしてしまったわけだった。

しばらく考えたくないくらい考えたので、しばらく考えない。わたしはわたしでいたいだけ、でもまだそれをうまく言い表せない。キヲテラッタコトがしたいわけじゃない。

人間に生まれて人間として生きるのがどういうことなのか、もっと深めたいし可能性をちゃんと知りたいのだ。

もしかしたらいつか契約に守られる日も来るのかもしれない、そのときはそのときでそれについて考えて感じてみたい。

ひとつひとつ考えて答えを出しながら、じぶんの密度を高めたい。そういうシーズンなのだ。

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