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共鳴と倍音 / 恋におちるメカニズム

夜中の3時、いつもだったらもうお互い別々にじぶんのことを終えて寝ている時間。

昨日の夜はなんでかお尻が椅子から離れなくて、のんびり部屋を暗くしながら同居人とお喋りしていた。

リラックスしているといつもより感じるもの、想像することが多くなるようで、彼と時間について言葉を交わしていると美しい結晶が心に浮かんだ。

一緒に暮らしている彼らはわたしが感じたことを話しても嫌に思わないタイプなので、こんな風に感じた、こんな風に思ったと子どものじぶんに戻って言葉にする。

言葉にすればするほどその映像はより確かなものになり、わたしはしばらくその美しいリズムに浸っていた。

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すべてのものには周波数がある。
周波数は、ヘルツという単位で表される。
一秒間の波形の数がヘルツの数字になる。

音叉の実験の動画を見た。
びっくりした。

少しでも波の形、つまり音の高さが変わると、音叉は全く共鳴を起こさない。

同じ形のとき、全く完全にふたつの音叉が鳴り響いている。

音叉は純粋な固まりだから、ひとつの周波数だけを内包して音を発する。

人間はもっと複雑だ。

何層にも渡る深い意識を持ち、食べているものや接している言葉や音に外側は影響を受けている。

部分ごとに機能があり、そして部分ごとにその周波数は異なる。

音叉の実験の動画を見たときすぐに、あるとき起きた生まれてはじめての体感が強烈な共鳴であったことを知る。

どの部分、どの意識、どの記憶が反応したのかは時間とともにハッキリし、主に過去のある一点と未来のある一点、今はわずか少しという感じのその共鳴に深く感動した。

必要なことは必要なタイミングで起きる。

でも、人間は音叉とは違う。

変容し続けている、毎瞬あたらしいひとになっている。

つまり周波数も大きな変化ではなくても、変化している。そして共鳴はとてもとても繊細なものなので、少しでも変わるともう起きない。

共鳴はとっても嬉しい。
そこにあたらしいものが出現する合図でもあるからだ。

それを倍音という。
倍音は周波数と周波数がぶつかったときに新しく音が出現することをいう。

共鳴は創造を生むのだ。

一連の流れのおかげで、なぜわたしはこんなに一般的に見聞きする情報よりも恋を多くするのか、やりたいことがバラバラなのか、ムラがあるのかを理解できた。

そして、もうひとつ理解できたのは固執することのばかばかしさだ。

ひとつのものに意固地になってそれを握りしめてしまっていては、せっかく起きた音が消えてしまう。

物質化したい物質化したいと音を固めてしまっては音そのものが消えてしまう。

すべては良きようになっている。

もっと柔らかく受け入れてしまおうと決めた。もっと流れるまま流してしまおうと決めた。

大概のことは、わたしひとりではなんともならないのだから。

美しい夜中の平和なひと時のおかげで腑に落ちたいろいろだった。
ありがとう。