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罪悪感は胸の真ん中に

「あなたの課題は罪悪感なんだね。」
生まれてきたことに対して罪の意識を強く強く持っているのね。それがあなたの行動を止めているのね。

そう伝えられたとき、じぶんの意思と関係なく、つーつーと涙がつたった。

どんなに過去の経験や体験から解き放たれても解き放っても、わたしがわたしの出発点を祝福できずにいる間はわたしは本当の意味でわたしを大切に思えない。

大切に思えないと、ふとした瞬間に卑屈になってしまう。大きな目的のためにそれぞれの仕事はあるのに、じぶんをいじめる材料にそこで起きる失敗を利用してしまう。

わかってはいる、頭では必要がないものだとわかっているけれど、未だにその重たさは胸の真ん中で重たいしこりのよう、もののけ姫に出てくるつぶてのような形で中心のエネルギーの回転を妨げる。

あの日、それを伝えられて泣くわたしを静かに眺めながら、彼女は真剣に身体的なアプローチを教えてくれた。その実践を重ねるうちにだんだんとその痛みが和らいできていることをわたしは知っている。

それでも、お盆のときに近しいひとの本音を知らされたとき、やっぱりわたしは間違えたのではないかと思った。

ただ体の芯が冷えていくのを感じながら、それでも里帰りの日々は幸福に溢れていて、祖父母や叔父との会話はわたしを包んでくれていた。

名古屋から帰ってきだあとタイミングわるく同居人がふたりとも長いこと家を空け、一人暮らしの時期があった。

否が応でもじぶんの中身がからっぽの部屋に溢れ、わたしの醜さ、孤独からひとにすがりたくなるあさましさ、じぶんの嫌いなところのなかで息が詰まって仕方なかった。

結果として我慢できないほど頭痛がひどくなり、打ち明けられるひともそう多くないなかでそのときやりとりをしていた大切なひとに伝えたら、日付もまたいでいたのにすぐに車を飛ばして来てくれた。

ちょうどよかったと笑いかけてもらいながら、浜比嘉島までドライブ。

その日、夜の海ではじめて夜光虫の小さな光を見た。

顔に浴びる風は心地よく、砂に寝転べばヤドカリの足音が聞こえた。

顔を照らす月の光を額に受け止めながら、わたしは静かに心のうちもぐり、諦めた。

それでも幸せに生きる他ない。

その諦めは、近頃のさまざまな幸福のなかで少しずつ確かなものへと変わりつつある。

それでも、幸せに生きる他にないのだ。

わたしも、彼女も、彼も。

それでもこの星で、今の世界で、この社会で生きていく他ないのだ。

じぶんを罰するために生きるのではなく、じぶんをより幸福にするために生きる。

そのための選択をひとつひとつ重ねていく。

まだ、つぶてが消えたわけではない。
ここにあると知らせるためにわざと時折痛む。

それを癒すかのようにあの日額で受け止めた光が体の内側、中心でゆらゆらとゆれる。

呼応するかのように、下から肚へと強いピンク色の力があがってくる。ひとりひとりのひとの顔が浮かぶような、ときどきわたしを思ってくれているひとたちからの応援のエネルギーだ。

仙骨から頭のてっぺんへと、鮮やかなグリーンもワンテンポ遅れて立ち昇る。力強いそれは男のひと特有のエールのように思う。ご先祖さまだろうか。

いろんな光のおかげでゆっくりとゆっくりと胸の真ん中のしこりが溶かされていく。

何年後だろう、この重たいつぶてがなくなったら、わたしはどれだけ身軽になるだろう。

少しずつ少しずつ。
そこへ近づいているはずだと信じている。

もしそれが溶けたら、わたしはもう一度近しいひとに会えるだろうか。ちゃんと謝ってちゃんと仲直りできるだろうか。

それともできないまま命を終えるんだろうか。

たとえ関係が改善しなくても、いつか会えるといいと思う。彼女がこの先歩む道がいつも祝福に満ちているといいとただ願う。

わたしはまずわたしの面倒を見なくては。
ひどく手がかかるこのひとをもっと幸福にしてあげられるといい。

もっともっと幸せになろう。
その先にきっと、見たい景色があるはずだ。
朧げだけれど確かに感じるその景色を抱きしめて歩く。

もっともっと、幸せにになろう。

この身体からそれが溢れ出して、まわりのひとみんなもさらにたのしくなるといい。

ゆっくりとでもいいから、そういうひとになれるといい。

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