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愛するということ: 唯一無二なパートナー的感覚の消失

彼が石垣へ帰るので仕事を終えたあと空港へ送る。

送るといってもわたしは車は持たないので、タクシーにふたりで乗り込む。今回くっつけるのはこれが最後かと考えながら肩に頭をもたれさせていた。

クーラーで冷やされた腕がぴたぴたとときどき触れるのが心地よかった。

 

空港で久しぶりにパートナーシップについて話をして、そしてその時間はわたしにとってとても幸福だったので整理して書き残しておきたい。

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"付き合う"とは?

大学入学してすぐに好きになり、半年後には一緒に暮らしはじめて( 勝手に部屋にあがりこんで ) その後5年間くらい同じ部屋にいたわけだった。

一緒に暮らす期間の終わりはちょうどわたしの23歳の誕生日で、彼は石垣島をまわる素晴らしい旅をプレゼントしてくれた。

そのあと遠距離になって、今年で2年目。

とはいえ出張だったりイベントだったりで、だいたい1〜2ヶ月に一度は会えるようなスケジュール、最初こそ寂しかったけど、徐々に慣れていく。

大学の初めから、この会っていた期間は誰かに「付き合ってるひといるの?」と尋ねられたら、心のなかで「(付き合うって何?)」と返すことはあっても口では「大学の最初の頃からうんぬんかんぬん=います」と答えた。

付き合う=〇〇

付き合うってたぶん、単一のパートナーシップを築いていると言い換えられる。

ポリアモリーやアセクシュアルといった性的志向を知るなかで、必ずしも単一とは限らない、セックスをする関係というわけではないと認識を改めていった。

とはいえ、わたしにとっての"付き合う"は、唯一身体を重ねてもいいと思える相手で、どんなにパーソナルスペースを侵略されても嫌じゃないという身体的な感覚によって確かめられる心の安全の担保された関係を意味する言葉だった。

それを理解し始めてから、彼氏ではなくパートナーだと形容するようになっていく。

つまり、漫画やドラマや他者との会話によって後天的に身につけた恋愛観から抜け出して、じぶんの身体的な知によって見つけた感覚に”パートナー”と名前をつけた。

関係の変化

さて、今回彼と3ヶ月ぶりに会えて、とっても幸せだった。でも、ひとに彼を紹介しようとしたときにパートナーという言葉が口から出てこなかった。

それをきっかけにして、空港でお互いのパートナーシップ観について話をすることができた。

彼もわたしも、今相手がいる地域にやりたい仕事がないこと、今相手といることだけを喜びに生活を変える気はないことが同じだった。

そして、パートナーという感覚は今のわたしにはなく、彼はそれについて考える性質ではないということを伝えあった。

話終わったあと、わたしはわたしの厄介さが嫌になり泣き、彼はいつも通り誠実に、優しい顔でそれを見ていた。

誰かに唯一無二のパートナーはいるかと尋ねられたとしても、彼のことを話さなくなるということは、これまで暗黙の了解としてあった彼以外のひとと関係を深める(身体的な関係を持つ)タブーをじぶんに許すことを意味する。

「あなたは哲学に脳のパワーをさける」と彼がわたしのこれについて形容したのが印象的で、そして嬉しかった。

彼はほんとうにわたしの良き理解者だ。

とっても大切だし、できることなら年を重ねていく様子を見ていたい。

???

で、結局なんなんだ、と書いててじぶんでも思うのだけど。

よくわからないけど、わたしにとってはすごく大きな話だった。

そして、今とっても興味がわいていて、ちゃんと会って話したいひとがいると彼に伝えたときに「会ってみたほうがいいよ」と彼が言ったのも大きかった。

わたしがパートナー的な感覚を消失したこととそのひとの登場は時系列から見ると関係ない。

会えるかもよくわからないしね。苦笑

うーん、まだちょっと、まとまってないんだけど、彼が「付き合う」とか「パートナー」とか、そういう言葉を振りかざさないことも、契約的にわたしを拘束する気が全くないことも、誠実に話をしてくれたことも嬉しかったし尊敬したので、書き残しておきたかったんだ。

以上です。

 

愛するということ 新訳版

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