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心が追いつくのを待ってるよ

旅する本。

そんなタイトルで奈良の人から、星野道夫の「旅をする木」を託された。

名前が有名すぎて、逆にまだ読んだことがなかった。

ゆっくりと綴られる嘘のない文章にわたしの心はまるでマッサージをされるみたいに、どんどん解された。

旅をする木のなかに、ある山登りのガイドをしていた先住民のひとたちが急に道に座り込んでしまったシーンが出てくる。

「なぜ進まない?」
と、ガイドを頼んだ側のひとたちはお金を要求していると考えてお金を渡そうとするけれど彼らは受け取らない。

彼らは答える。

「我々は道を急ぎすぎてしまった。」
「だから、心が追いつくまで、ここで待つのだ。」

とってもいいと思った。

彼らの声が古い振動としてわたしの真ん中を揺らした。

皆さんもそうかもしれない。

わたしは今年の4月からなんだかまるっきり違う暮らしが始まって、そして6月、7月と目まぐるしい時間を過ごしていた。

あっち側の極とこっち側の極と。

どちらをも感じながら、信じられないような世の中の裏話を聴きながら、いろんなお仕事をし続けた。

ステキな現実をたくさん生み出しているひとたちと出会い、行動と言語が一致している気持ち良さや、存在からじぶんが感じられる幅も増えた。

でも、たぶん、急ぎすぎてしまったのだ。

わたしちょっとだけ今、わたしの心がわからない。

世界のことを見ようとしすぎたあまり、真実を理解したいと望みすぎたあまり、じぶんがいまどこに立ってるのかわからなくなってしまった。

意識すれば脈々と流れるご先祖様の血は感じるし、そこになんとなくのじぶんの役割も見出したりもする。

でも、それはあくまで身体に紐づけられたもの。

精神の世界はもっとうんと自由で、いろんなことに興味津々。

身体と精神と、そして魂と。

3つがうまく揃わないと上手に動けない。

わたしは今、どこかが急ぎすぎてしまったところ。

何かが追いついてくるのを待っているところ。

役割じゃなく本心でコミュニケーションを取るために。もっともっと仮面を剥がすために。触れるだけで電気が流せるくらいのひとになるために!

生きたい未来を今日出会った人のように言葉にできるようになるために。

わたしは一回、わたしがもう一回ちゃんとリズムを揃えられるように、少し待たないといけない。

そんなことを思ったよ。

 

旅をする木 (文春文庫)

旅をする木 (文春文庫)