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根明 & 根暗 / 「極」を感じたい

那覇でセレクトショップのお仕事が終わると、いつもバスで帰る。

国際通りを行く人の群れは賑やかで、あっちに寄ったりこっちに寄ったり、喧嘩をしたりいちゃいちゃしていたり、眺めていると面白い。

たくさんのひとを眺めていると、根っから明るいひとと根っから暗いひとがいることに気づく。

明るいひとは自信満々に歩いていて、(そんなことはありえないけれど)今まで一度も傷ついたことがないような顔をしている。

そしてたいてい健康的にお腹が空いていて、よく笑ってよく怒っている。

対して暗いひとは、少し背中が丸まっていたり、目がちょっとだけ閉じていたりする。

静かそうにしているときもあれば、なにかを批判したり吟味したりしている様子がみられることもある。

あまりお腹はすいていなさそうで、甘いものを片手に持っていたり、ドリンクのストローを口元で遊んでいたりすることが多い。

根明:根暗

明るいも暗いも、いい悪いではない。

明るいひとといると心がつられて踊り出すし、暗いひとといると静かに考え事がはかどる。

どちらもひとつのタイプでしかない。

わたしはどうだろうと少し考えながらバスに揺られていると、ふと思った。

これはずるいかもしれないけれど、わたしはどうやら50:50だ。

根っから暗くて、根っから明るい。

対極のまんなかにいる

目に見えないものが見えるひとや聴こえるひと、感じるひとに「あなたは身体の内に対極を持っている」とよく言われる。

みんなそうではないのかなと思いつつも妙に納得してしまう。

わたしのなかには破壊と安定、静寂と喧騒どちらもある、今回の「明るい」と「暗い」も両方丁寧に同じ量だけ存在している。

守りたくて壊したくてしょうがないじぶんのことをとても人間らしいと眺めている。

誰といても50:50はあまり変わらず、場を共有するひとたちの独特のリズムを感じながら共鳴したりしなかったりをたのしむ。

極の気配と出会う

でも最近ある体感を通してふと思ってしまった。

これは特性ではなく、その場に安定して存在するための50:50では、と。

本当はどちらかに極端に傾くこともできるのではないか、と。

(そのある体感が起きたとき、わたしは少なくとも50:50ではいられず、身体のなかに心も留めておけず、なんだかいろいろ大変だった)

(でも、その体感を個に紐付けることは少し違う気がして、今は冷静に、注意深く眺めている。これがいつどのようなときに起きるのか、わたしはそれを知りたがっている)

とにもかくにもその欲求はむくむくと身体の内側で大きくなり、気づけば皮膚を通り抜けて、わたしはたいていそれについての考え事のなかにいるようになった。 

「極」を知りたい

どうしたら極を体験できるだろうか。

結論は、わたしがその安全バーを意図的に壊すこと、誰かや何かでいっぱいになってしまうことをじぶんに許すことが必要だということ。

そしてトリガーを見つけないといけない、それは同じように50:50を持ちながらも極を体験したいと思っているひとを探して、ともに時間を過ごしてもらうことだと思った。

でも、あまりいない。

安定して50:50でいられる相手のひとは見つかりやすいのに、極となると難しい。

せっかく見つけた!と思っても、すごく遠いひとだったりしてこれまたうまくいかないものだ。

これも良い悪いではないのだけれど。

それでもやっぱり、この好奇心が止められそうにない。今は「極」がほしい。

相手も同じように生きることを味わっていて、感じることをこわがっていなくて、感覚とともに生きていないとそうならない。

で、あるのなら。

であるのなら、わたしひとりでも極と極を行ったり来たりできるように、なんでも経験して、いっぱい表現の方法を覚えることが近道なのではと今思っている。

そして、極を体験したことのあるひと、陽の瞬間、陰の瞬間、それぞれのビックバン!を感じたことがあるひとと出会えたら、めいいっぱいハグをしたい。

たぶんハグで事足りるような気がする。

ハグをしてると

ハグってすごい。

情報がぶわあって流れ込んでくる、握手でも十分に感じ取れるけれどハグはもっとすごい。

嫌がおうでも「交換」になる。

交換すると増えるのがこの世のルールのようで、交換が起きるとその瞬間に真上と真下にエネルギーが走る。

相手が傷ついていたり、じぶんが傷ついているときは、それは起きずに、身体と身体を8の字のようにぐるんぐるんとエネルギーがまわる。

そしてそれはやがてじぶんの身体のものと融合したり、口からあくびといっしょに出ていったりする。

その流れを使って意図的に誰かを癒やすこともできる、うまくいくとわたしもげんきになるし、うまくいかないときは少しくたびれる。

慈しんでいないとそもそも抱きしめるという行為はおきないので、たいていのハグはとってもあたたかい。

それだけで星ひとつ産めるのではないかと思うあたたかさがある。

今の言葉にどう翻訳したらいいかわからないし頭がおかしいと思われるのは癪なんだけれど、今はこういうことで頭がいっぱいだ。

今日は特にこういうことで頭がいっぱいの日で、朝マックだけで夜になってしまった。

ちょっと、おなかへった。

誰かがつくった美味しいものが食べたい気分。 

何歳くらいで体験できるかな、早いうちがいいけれどどうお願いしたらいいかもわからない。

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