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誕生日までの期間に思うこと

もうすぐ24才になるということはわたしをそわそわとさせる力を持っていて、誰と話していてもこの時期は「人間ってなんで生まれてきて死ぬんだろうな」というところに思考が寄っていく。

答えがでる類の考え事ではなく、その時点その時点で思い考えることで線を引き色を重ね、いつかこの肉体を手放すときにようやくその全体図が明らかになるようなそんな考え事、考え事というよりもひとつの大きな作品の制作に似ている気さえもするようなこと。

 

尊敬するひとに多く出会う23才だった。本当に幸福の多い、思い返すだけでもありがたさで泣いてしまいそうになるような年だった。

ずっとこういう風に生きたいと思っていた生き方、中学や高校の頃に憧れていた働き方が実現できた年でもあった。

平均したら月に2回も飛行機に乗って移動しながら、今までで一番お金をいただいた年でもあった。

今まではできなかった話が、今まではできなかったひとたちとできるようになった年だった。

 

その一方でたくさんの別れもあった、でも悲しかったことは少ない年だった。

そのときそのときで身体いっぱい感じた、とにもかくにもたくさん生きた年だった。

 

こういう風に振り返りをしていると、まだ小学生だった頃にパソコンを触っていたときのことを思い出す。

当時はまだWindowsXPが出たばかりの頃だったはず、スクリーンセーバーというのがあって、そのなかのひとつに宇宙のなか白い四角が延々飛んでくるものがあった。

あれをじっと見ていると、まるで地面がないかのような錯覚を覚え、気づくと宇宙の真ん中で未来から過去なのか、過去から未来なのか、その中心でただただ情報のつまった点を浴びているじぶんを感じるのだ。その体感は星新一を読んでいるときのあの感覚、わたしは宇宙のなかで地球という星に生きる人間という生き物なのだという感覚と近い位置にある体感だった。

 

この身体から抜け出るとき、そのときにわたし何を思うだろうか。毎回の誕生日のときに思うように、近しいひと、今までの人生を支えてくれたひとへの思いのなかに溶けていくんだろうか。

 

誕生日が来るたびにじぶんの人生が好きだと思う。

その感覚が始まったのは、厳密には22才からだろう。

 

20才の誕生日はスイスで過ごし、21才の誕生日はひどいめにあい、22才の誕生日、数少ないそのことを打ち合けた相手でもありいつもサポートをしてくださっていた先輩が外に連れ出してくれて、その日が本当に幸福で、一年やりきれない思いを抱えながらも進んでこられて本当によかったとそう思えた。

 

そして23才の誕生日があまりにも美しい時間で、まるで今までの人生へのご褒美のようだった。

 

そうやってひとの力を借りながら、ひとつひとつの悲しかった出来事による傷を癒やして進んでこられたじぶんを感じるから、わたしは誕生日の日を迎えるのが本当に嬉しいのだと思う。

 

生きてきた道が、生まれてきてからここまでに起きた出来事たちが、これから歩んでいく道が好きだ。

 

こないだ大好きな場所でとっても久しぶりにウクレレの奏でる音に合わせて声を出した。

本当に嬉しい瞬間で、声が喜びとともに口から出ていく流れがただただ心地良かった。

「うたを歌う」ことも、「ウクレレを弾く」ことにも意味がなにもない。戦略もない。生産性もない。

それでも、この喜びはかけがえのないもので、これなしには生きている意味も見失う。

そういう喜びが最近の日常のなかにはときどきあるような気がする。

 

24才からの日々はもっとこれを大事にしたい。ここに生きる理由を感じるからだ。年を重ねていく意味を感じるからだ。

 

まだかろうじて20代前半といえる最後の年齢、24という年、わたしはもっと今の時代の概念から自由になり、そしてその自由になった身で豊かさをさらに循環させ、25の誕生日を迎える前に今よりももっとひとを愛してひとに愛され、星を愛して星に愛されて、そうやって生きているようにと意図している。

 

もうどんな人生になるか想像もできないんだけど、この在り方がわたしを助けてくれることはもう十分すぎるくらいわからせてもらったと、23才までの日々を振り返る。

 

あとちょびっとの23才、今年は幸か不幸か誕生日の日はお仕事だけれどじぶんへのプレゼントもきちんと用意して、その日を待ち遠しく思っている。

 

ちなみに今一番ほしいものは3Dプリンターです。

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23才を石垣島でむかえたこと

あのときの日のあたりかたや、海の色合い

浜辺で話したこと、灯台でみたもの

岩と向き合ったときの体感

酔っ払った彼に呆れながら帰ったらサプライズで出てきたケーキ

そういう一瞬一瞬のこと

たとえ生きる道がこのまま分かれていったとしても

わたしは忘れないだろうなぁと

一年前のじぶんと出会い直して、話しているところ

 

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