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「やめる」を決める

この3月で2つの仕事が終わる。

4月からはお洋服屋さんのお仕事と書き起こしのお仕事に絞り、家賃などはそのお金でまかなえるという安心のもと、新しいチャレンジ「生み出す」ということを増やしていく。

今月と来月は息継ぎがなかなかできないスケジュールで動いているので、4月は少しだけ長めにじぶんと話す時間を最初に取ろうと決めた。

息継ぎができないときはたいてい失敗をする。「あれどうなってたっけ?」というセンサーが弱まってしまうんだと思う。その感覚がわくぐらいには隙間がないと、あれよあれよと日常的なミスが増えてしまう。

今もひとつダブルブッキングしてしまって、こっちが先で、でもあっちも知っててと、すごい後悔。こういう仕事の仕方はしたくないし、同じ失敗はもうしないと決める。決めたあとにそもそも4月からはそういう働き方にならないと気づいてホッとする。

決めるっていうのは良いことだ。悩みが減る。考え事もシンプルになる。やめるのを決めるのはとても勇気がいることだ。やめたあとのことを誰かが保証してくれるわけでも、やめたから今より幸せになれるわけでもない。

ただ、それでもじぶんの感覚を大切にしたい。これがやりたい、そのためには時間がいる、ならその時間をつくろう。とてもシンプルな道の選び方だ。

月のお休みがないくらいに働いてみたこともあったけれど、そのときは結局それがしてみたかっただけ。でも、精神と肉体が緩まないまま走ると魂が軋む。

結果的に安心できる時間がなくなり、夜眠っている間も身体は休まらないというようなへんてこな状況になってしまい、最終的にその暮らしは破綻して仕事を減らさざるおえない状況になった。

というわけで、そのときの経験からわたしは「やめる」を決める大切さを学んだのだ。やめようかなと悩んでいるときはやめどきではなく「やめざるおえない状況になった」らやめるのがわたしにはいいみたい。

その「やめざるおえない」を身体的に演出するのか、精神的に演出するのか、魂で決めるのかはわたしに委ねられている。

今回は魂、つまり志から決めるというのを初めてやるのだ。ちょっとドキドキする。今までは毎回こころか身体が壊れてしまう「やめざるおえない」だったから。魂で決めるのは初めてだ。

とにもかくにも、今は4月から脳みそのスペースと身体的な自由が効くことに喜んでいる。それはだらけるための自由ではなく、今目の前にあることをひとつずつ形にするための自由だ。

4月は最初の一週間は休むということ、4月の後半にワークショップを開催するということ以外なにも決まっていないし、5月からあとはまっさらだ。でも、自然とたのしい予定が増えていくだろう。

4月のじぶんが「3月のりきって」と言ってるような気がする。今している経験は必ず未来のじぶんの役に立つ。そう確信できるくらいには経験を重ねて、点と点が繋がってきたのだなと嬉しいキブンだ。