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新しい元号が始まる年を生きる

あなたとわたしの間に壁があるとしたら、それはいつからできたのだろう。

その壁を「分断」と呼ぶとしたら、それを超えるためにわたしは何ができるだろう。

壁は最初、ただひとつ転がる石ころだった。

気づかない間に積み上がり、それはいつしか壁になった。

あなたとわたしの間には壁がある。それはいつからできたのだろう。

その壁を「分断」と呼ぶのなら、それを超えるために何をしよう。

年齢、性別、思想。

そんなものによってコミュニケーションが阻害されるなんて何時代の話だろう。

今年は新しい元号が始まる年、平成の終わる年。

新しい元号とともに新しい価値観が生まれ育っていく年。

置いていきたいものは置いていけるのだ。

ーーー

わたしが今日使った言葉は誰の言葉だろう。

誰によって意味を与えられ、どのような目的で設定された言葉だろう。

あなたの人生はあなたの言葉によって形づくられなければならない。

わたしの人生はわたしの言葉によって鼓動を打たなければならない。

ひとつのものごとが起きるとき、そこには同時に裏表が生じる。

誰かへの批判は同時にじぶんへの枷となり、それはいつしか行動を抑制する規範へと育つ。

誰かへの称賛は同時にじぶんへの承認となり、それはいつしか行動を応援する動機へと形を変える。

ーーー

あなたとわたしの間に壁があるとしたら、それはいつからできたのだろう。

あなたにできてわたしにできないこと。

わたしにできてあなたにできないこと。

その意味をもう一度考えたい。

ーーー

「同性愛者が増えると日本は終わる」

本当に?なぜ?

「在日や移民によって国の資産が潰される」

なぜ?どうして?どのように?

「あなたは若いからそんな風に生きられる」

ではあなたは今どう生きたいの?

「右翼はばか」「左翼はばか」

議論にすらならない無数の言葉が毎日毎日世界に積もる。

そんな言葉も考え方も全部全部平成に置いていこう。

ーーー

ただ生きる。

ただじぶんを生きていく。

誰かを主語にしない。

あなたにできること、わたしにできること。

もう一度考えたい。

思考なしに誰かを批判することの無意味さを。

じぶんのなかにある暴力を見つめずに非難を続けることがないように。

わたしは今なにができるだろう。

わたしは今どうありたいんだろう。

本当に見たいゴールのために適切な選択肢を選んでいく。

もう一度、もう一度。

どのような価値観でどんな景色を見て生きていきたいのか。

わたしは平成で何を学び、そしてこれから何を始めていくのだろう。

ジェネレーションはヒントであって答えではない。

分断を超えて、あなたとわたしでできること。

手の届く場所にいるひとを抱きしめながら。

大切にしたいことの順番が違っても、大きなゴールは一緒のはずだ。

生き物として、地球で暮らす者として。

年齢も性別も思想も、何もかも。

何もかも、お互いの視点を補い合うためのツールでしかない。

あなたとわたしの間には壁がある。それはいつからできたのだろう。

その壁を「分断」と呼ぶのなら、それを超えるために何をしよう。

見せかけだけの肯定なんていらない。

ハリボテの批判なんていらない。

傷つくことを恐れずに胸の内をあらわにし、ただまっすぐ話をしよう。

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そんなひとつの遊び。