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「地方で仕事を創る塾」を終えた

そろそろ空港へ向かおうとゲストハウスを出たら、外は晴れていて、数歩歩いたら晴れたまま雪が舞い始めた。

沖縄に暮らしてもう6年が経とうとしていて、なかなか雪を見る機会が減っているのもあって、黒磯駅に向かう道でひとりはしゃいでしまう。

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ゲストハウス、何人か素敵なひとはいたけど、最後担当してくれたひとはお金間違えるし不機嫌だしやだった。今まで口コミを書く人の気が知れない、なんとなく下品だと思ってたけど、あれはたぶん仕返しなんだろうなと思った。

でも、たいていの場合、すごく素敵なお店でスタッフのひとも素敵なときは、そのお店の経営者のひとが素敵なことが多い。

職場環境に不満がなかったら、不満があったとしてもやりたい仕事をしていたら、ああいう風に不機嫌を撒き散らかして働かなくてもすむのではと、これまた下品でお節介なことを考える朝だった。

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地方で仕事を創る塾の卒業イベントだった手仕事マルシェが終わった。振り返ってみると毎月4万円の交通費と、参加費の12万円を回数で割った3万円、7万円かけて通っていたのかと驚いた。

7万円という金額はおじいちゃんおばあちゃん、叔父さんからいただいていた学生時代の仕送りの額と同じ金額だ。

周りのひとに助けてもらいながら大学を卒業してから、また周りのひとに助けてもらいながらこうやって新しい体験を重ねている。

じぶんひとりで生み出した仕事なんかもひとつもないから、本当にひとのおかげで過不足なく生きているのかと思うとなんとも言えぬ気持ちになる。

ときどき台風のように気分が下がり、そういうときには10年後も今と同じではよくないと思い焦るのだけれど、焦ったところで急に仕事を思いつくわけでも、仕事がうまくなるわけでもないと最近はやり過ごし方も上手になってきた。

30歳を過ぎたら生きやすくなり、40歳でほとんどの生きづらさはなくなったと、以前カフェで働いていたとき、展示のお仕事でお話する機会があったアーティストの方が言っていた。

本当なのかもしれない。歳を重ねられることはとてもいいことだ。ひとつひとつ言葉の定義が増え、意識的に選択を重ねれば重ねるほど不明瞭なことは減り、頭のなかの情報の分重たくなりそうなのに反比例で軽やかになっていく。

なぜだろう。

知り合うひと知り合うひとが年々豊かに、そしてスペシャルになっているからかもしれない。

7万円×4回を通して通った藤村先生もそういう存在だ。

先生が最後にいつものようにまっすぐにこちらの目を覗きこみながら「沖縄に、ここ非電化工房と親子のような、兄弟のような場所が育っていくと思うと本当に嬉しい。一緒に希望が生まれる場所をつくろうね。」と言った。

わたしはなんだかとても胸がジーンとなって、上手に言葉が出なかったので代わりに手を握った。エネルギーのほうがときに言葉よりも雄弁なのではないかと思う。確かめようはないので、自己満足だけど。

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先生のおかげでこれから12年ほどの道がなんとなくおぼろげに見えるようになった。お金がまわりまわるものというのも、ひとの前で話す面白さも、チームで動くたのしさも知った。

なにより、生きることに対して身構えることをやめられた、力の抜き方が少しわかった。それが一番よかったことのような気がする。

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店番で爆睡。