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民主主義のセンスを磨く試みを

飛行機の窓から薄い色の雲の下ぼんやりと薄い大地の上に広がる町並みが見えた。

ぐんぐん飛行機は高度をあげて、やがてその町並みは蜃気楼のよう、あるのかないのか不確かな景色になっていく。

緑、青、藍、波打つときの白、海のもつ様々な色合いに毎度のことながら感動してしまう。名古屋、東京、北海道、海外のいくつかの場所から離陸したけれど、那覇空港から飛び立つときが一番外を見ている気がする、見たくなる気がする。

「SNSは一番尖ったメディア」(メディアですらない)

辺野古に土砂が投入された金曜日から数日間、ホワイトハウスのサービスへの署名運動も盛り上がり、facebookは辺野古の新基地建設についての話題でもちきりだった。(わたしのタイムラインは、という意味で。)

県知事選のときよりも、よりセンシティブな画像とともに普段政治的な発信、いや日常の発信もしていなかったようなひとがメッセージをあげている。

そういうものを見ると「お。」となるじぶんがいる。驚きと拍手と共感とを感じる。とはいえ、大学のときに研究室の先生が「SNSは一番尖ったメディアだから」と、メディアですらないけどねと笑いを口元に含みながら言ったあの景色も思い出してしまう。今見ているものはあくまで大勢のうちのごくごくごくごく一部だということをしっかりと思い出し身に刻む。 

「もっと既に出会っているひとと基地建設について話をしてみたい」「政治について話をすることが、民主主義を思い出すことがじぶんたちの権利を思い出すことに繋がるはずだ」「それは生きやすさと関連しているに違いない」「もっと対話だ!」という意気込みとは裏腹にfacebookのコメントのやりとりに疲弊しているじぶんに気付く。

揚げ足取りのような批判のコメント、小学生のような罵倒のコメント、右でも左でも大人として分別のある言葉選びは必須ではないのかと、じぶんよりも10も20も30も40も年齢を重ねていそうなプロフィール画像を見つめながら呟いている。

 じぶんの内にある暴力、感情的な発信

とはいえ、土砂投入からの数日は毎日がじぶんの内にある暴力との対話でもある。「どういう風に生きたいのかを考えるひとつのきっかけにもなるはずだ」という言葉で、ときに暴力的な発信をしたくなるじぶんの心を包み隠し、その言葉の先にある未来を想像しながら行動を律することばかりだ。

だけど本当はフェンスのなかで行われるひとを殺めるための訓練を学んだときに受けた衝撃のまま突っ走ってしまっているかもしれないとも思う。 

ゴキブリが嫌だ!と家にでた瞬間狂ったように殺虫剤をまくひとの衝動性に似ている気もする。(ああいうものも日常に潜んでいる隠れた暴力だよね。)

沖縄に駐在している多くの米兵は訓練を目的に短期滞在をしている米兵たちだ、彼らの受ける訓練のなかには、大勢を殺めたあとその人数を確認するためにバラバラになったものを並べ直し人数を数える、それを実際に現場でできるように人形で練習するというものがあるそうだ。それを講義のなかで聞いたときの心の震えを忘れたことがない。

すごくすごくすごく嫌だと思ったし、レイプの事件だって、夜中に家の窓を叩かれドアノブをガチャガチャと回されたあの女の子の事件だって、全然他人事だと思えない、もしかしたらじぶんだったかもしれないと、大切な人だったかもしれないと、大勢のひとは思ったんじゃないだろうか。

もちろん、辺野古につくられるのはどこかへと戦闘機が飛び立つための滑走路だということは頭ではわかっているんだけれど。どこかへ、なんのために飛び立つもののための滑走路かと考えていくと、結局は講義のときに感じた恐怖や、そういったマインドコントロール的な訓練の繰り返しへの違和感とが、じぶんが新基地建設が嫌だと思う動機につながっている。

主語は誰?

facebookで誰かの記事に誰かがコメントしていたなかで「頑張ろう、沖縄、応援しています」というような言葉があった。

この言葉が出てしまう県外のひとに、冷ややかな目で沖縄に関するニュースを見てしまっていた過去のじぶんにいつも尋ねる。

「なぜ?」と、どうして「沖縄」頑張らなければならないのか。正しそうな言葉でキレイな言葉で「反対だけが選択肢じゃないだろう」と言われるときに、「米兵にもいいひとがいるんだからかわいそうだよ」とたしなめられたときに、「他の国から攻められたらどうするの?」と批判を込めて質問されるときに「なぜ?」と。  

新基地建設に反対することは個人の米兵を攻撃することに本当になるのか?反対運動をしているひとはなぜ過激にならざるおえないのか?どうして頑張る主語は沖縄なのか?「他の国」ってどこの国?その国と友好的な関係が築けない本当の原因は?

"辺野古"は議論で解決できるはず

昨日、家に泊まった友人が「基地問題は議論じゃ解決できないかもしれないけど、辺野古の新基地建設は議論で解決できると思っている」というようなことを言った。わたしもそう思う。論点の整理もしやすいし、制度的な背景、地理的な要因、アメリカの軍事基地の縮小傾向などからみても、きっとできると思う。(大勢の”国民”がきちんと関心を向けさえすれば。)

彼の言葉のきらめきに、彼の衝動的な行動に、わたしはいつも希望を感じ、エネルギーを受け取る瞬間瞬間に彼の役に立ちたいと感じているじぶんに気付く。

役に立つ、それはタスクを引き受けることでも、上から目線なアドバイスを渡すことでもなく、ただまっすぐにじぶんの感性を信じ、じぶんの言葉で、じぶんのど真ん中でコミュニケーションをとることだと彼といると感じる。そこにコミュニケーションの可能性も感じるし、繋がり合うことの意義も感じる。それぞれがそれぞれであり続けることを追求した結果として組織やコミュニティは進化していく。

誰かについていくような形の連帯はもう時代遅れなのだと肌で感じ、言葉だけ理想だけの次世代コミュニティなんて意味がないとじぶんに刻む。

「ひとりひとりが、できるタイミングで、できるサイズで、できることをやっていくしかないのだから」今、一緒に仕事をさせていただいている先生がいう。今回言語化した内容は一言にまとめれば、この言葉になる。

一番近くの「世の中」と民主主義のセンスを磨く試みを

沖縄を離れ活動するこれから数日の間、わたしはパートナーのひとからもらったいくつかの純粋な質問に答えられる準備をする。その準備はやがて検索しても答えがでない類のものへ答える準備につながっていく。

一番近い世間は、パートナーや、親しい友人たちなのだと思う。その声とひとつひとつ向き合いながら、じぶんの価値観、じぶんの考えを積み立てていく。その試みはきっと民主主義のセンスを磨くこととイコールだ。

民主主義のセンスを磨く、その言葉には思想が関係しない。思想を持つ、既存の思想にカテゴライズされる前の段階の話だから。その言葉に救いを感じる。つくられた分断に飲み込まれずに発信ができるのではないかと思うから。

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