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じぶんとして生き続ける

わたしの中身は3月に23才を迎えたときからずっと、芯のところは変わっていないような気がする

 

あのとき見た景色、感じていたこと、あびたもの

そういったものが今もまだ息をしている

 

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もちろん変わってしまったこともあるし、変わらなかったこともある

 

今日「はるなちゃんは、誰かのコピーになるのではなく、はるなちゃんとして在らないと」と言葉をいただいてハッとした

 

あと、まじめだねと言われて、少し泣いた

 

わたしのまじめさは、世間で言われるまじめさと違う種類のものだから、誰かに言われることなんか一生ないだろうとどこか冷めていたので、たぶんそれで嬉しくて泣いたのだと思う

 

泣いて、そしてめぐみさんと久しぶりに会えて、久しぶりに、いやたぶん11月はじめて呼吸らしい呼吸をしたような気がする

 

前半はずっとえぐいスケジュールで働いてて、後半はずっとえぐいスケジュールでインプットに勤しんでいた

 

3月っていうと、まだカフェのなかにいた頃だ

 

そのあと、カフェを辞めて、大学コンソーシアムのお仕事をするようになって、大八先生の仕事を近くで見るようになったり、アメナルミチのおかげで綾子さんのおかげで藤村先生とのご縁をいただいたり、アコークローで働けたり、、

 

人生の師匠だなと思うひとと、何人も出会えた年だった

 

そしてそれはそのまま「こういう方向で生きていきたい」というヒントでもあった

 

いろんなことがあった、わたしは変わったし、変わらなかった

 

意味のない表現を日々積み重ねていたようで、とても意味深く色を重ねていた

 

ひとつずつ形にして4月をむかえたいと思う

 

今触れているいろいろな「お仕事」として表現されているいろいろな物事、それらをひとつずつ形にして、この23才を終えたいと思う

 

一年一年、年を重ねられる

それは本当に喜びだと思っている

 

なぜそんなに生き急いでいるんだ!

と、あるひとに怖い声で言われたことがあったけど、今ならきっと怖いとは思わず、静かに見つめ返すことができるだろうと思う

 

生き急いでいるんではない、ただ一年一年を生きることでしか生きられない性分なのだ

 

藤村先生は「僕はあと5年、でもそのあとも、はるなちゃんのなかで僕の魂は生き続けるね」と言った

 

わたしは口では「先生そんなこと言わないで」と寂しさを表現したけれど、心と身体と真ん中ではよくわかっている感覚だった

 

それはある意味では喜びなのだと思う

 

わたしもまた誰かにバトンを渡すひとになるために今を生きているのだろうし、いろんな大勢のひとがそうやって世の中で生きている

 

年末やっと、一年ぶりに会うおじいちゃんとおばあちゃんは、今のわたしの違いを感じてくれるだろうか、22才から23才になったわたしの違いを見るだろうか

 

誰かのコピーになりたがるじぶんと静かに向き合って、じぶんを生きることから逃げない

 

その静かな静かな覚悟や、それをやりきるための力は、もう23才になるための旅でわたしはもらっていたのを、写真を見たら思い出した

 

「じぶんらしくありたいと思うから、じぶんを表現してるじゃんね」と笑っているのを見て、うんそうだと、心がすわった

 

どこまでもそれに尽きる、生まれてから死ぬまで

 

誰かや何かから意味がなくても、意味が違くても、じぶんがわかっていればそれでよく、幸運なことにわたしにはじぶん以外にもわかってくれるひとがいるのだ

 

ならきっと、やりきれるはずだろう、あれもこれも、どれもそれも、きっとやりきれるはずだ

 

というようなことを実感する一日だった、何日分か生きたような気もする

 

「誰かを"すごいひと"としてじぶんの上に置かないでね」

 

それは、一見謙虚なようで、結局じぶんを生きることから逃げるため、目をそらすための言い訳だったのだなと、言葉をいただいてから気づく日だった