NOW 500→1000

生まれて初めてグリーン車に乗った

生まれてはじめてグリーン車に乗っている。本一冊分の値段で体験ができるならと乗ってみた。電車に乗って東京駅に向かっているときから「グリーン車に乗る」というそれだけが楽しみで、そわそわしてしまった。

楽しみなことがその先で待ち受けているとき人間は強いと思う。あんなに苦手な満員電車も少しばかりのフラストレーションだけで抑えられた。

グリーン車に乗って最初に感動したのは椅子の座り心地とひととの距離だ、椅子がふかふかしていて頭があたるところもふわふわしている。手すりは普通の席よりも少し広く、新幹線のなかの空間も落ち着いた色合いで整えられ、席数も詰め込まれていないのでゆったりとしている。

どこへ向かっているかというと栃木県の非電化工房だ。いつも成田空港から千葉駅のつながりのあるひとの家に一泊、その次の日の朝早くにお家を出発して栃木へと向かうコース。

新幹線を利用しないと片道3500円程度で千葉から栃木まで出られる。新幹線を利用すると特急券代が足されるので6400円程度になる。今回はこれに2000円程度のグリーン車代が足されるので8000円の片道の旅となった。

だけどもう既に体験としてそのお金分の経験値が体の中にはいった感覚がある。グリーン車ばんざいと思っている。何歳になっても「はじめて」は最高だ。その気持ちを表すように、チケットには「なすの255号」と書かれている、なすのにGOGO!!である。

ちなみに席番号は11号車の3のAだ、これまたいいではないか。一時期数の持つ意味について勉強したのだけれども、11というのはわたしにとっては生きる方向性のような意味合いがつまった数字である。これは発振器のような状態で、大勢のひとにメッセージを伝える、はじまりを知らせる、アンテナとして立つというような意味がある。

と、まあ半ばこじつけに近いかも知れないけれど、いろいろなところから喜びを感じている。ふくらはぎには普通車にはない足置きの存在を感じながらこれを書いている。

先日Facebookで武田双雲さんのロシアで置きた出来事のシェアを読んだ。大きなお庭で書道のパフォーマンスをされた際にお庭を散歩していたら大きな木のもと清掃を担当しているであろうひとびとに出会ったそうだ。身体は汚れで真っ黒になっていたが、顔には満面の笑み。見ると食事をみんなで取っている場面だった。

手で食べながら嬉しそうな声が聞こえてくる、見つめているのに気づいたら、こちらにおいでと手招きされたそう。一緒に食事をとりながら「このお庭を持っているような大富豪もいる、あなたたちはそれを羨ましいと思うか」というようなことを尋ねたところ、次のような返事が返ってきたという。

「彼らは彼らでそれが喜び、それがわたしたちの喜びと同じでなくていい、わたしたちはわたしたちの喜びを生きている」

うろ覚えだけれどもこのようなことが書かれていた。

これを読んだときに、いろんなことを感じたのだけれど、最終的にそのとおりだなと落ち着いた。大富豪になることが生きる目的ではない。わたしの幸せでわたしを満たし、次にわたしの周囲にいるひとびとを満たし、そのまた次へと輪を広げていくことがわたしの喜びだと思う。これはひとりひとり違いがあることだ。

この気付きと、グリーン車に乗ってみたいから乗ってみたというこの行動との間には矛盾があるように見える。でもそうでもない。

だって「食べてみたかったから食べてみた」のだ。食べるまではその実が毒なのか薬なのかはたまたごちそうなのかなどわからない。食べてもないのに「あの実はね....」と解説することこそ愚か。

では、すべて大富豪になってから、じぶんの幸せを選ぶべきかというとそうではない。別に油田を買いたいとも思わないしプライベートジェットを所有したいとも思わない、その必要がある暮らしではないからだ。大勢の召使いが必要だと思ったこともない。

心の針が揺れる方を選ぶだけ。

今回のグリーン車については、閉ざされた空間である新幹線のなかでいかにじぶんを心地よくさせるかという命題のもと選んだ選択だ。東京で生まれ育ったとは思えないほど、今のじぶんには東京での移動がしんどい。人との距離が近すぎる。

かぎたくない匂いをかぎ、触れたくないひとと触れ合い、交換したくない菌を交換してしまう。あまりにも人が多いのでその空間のなか心を閉ざすしかない。心を閉ざすには心を開くよりもエネルギーがいる。

少し前に藤村先生に「演じなさい」と言われてから、じぶんの打算的な隙をなくすと決意し、衣装を決める心で服を選び靴を選ぶようになった。まだ揃っていないパーツがいくつもあるのだけれど、不完全でももうすでに見たい未来を生きているかのように生きるための行動は面白い。

じぶん自身の密度が高まるような気がする。その密度はまわりまわってじぶんを守る。心を閉ざすのにはエネルギーが必要だが、密度を高め他者の侵入をゆるさないじぶんをつくることはエネルギーはかからない、むしろ増す感覚さえある。

つまり、今の時点のじぶんの密度では心を閉ざすことにエネルギーをかけることも生き物として不自然な環境のなか生きるときには必要だけれども、じぶんの密度が上がれば上がるほどその努力はいらなくなるということだ。

じぶんの密度をあげることは強さになる。それは同時にじぶんとして生きるというただひとつ生まれてから死ぬまで続く表現の活動でもある。

そう、話を戻すと、グリーン車を選ぶことは、よりそのままの状態で在れるようなサポートをじぶん自身に対して投資をしたとも言い換えられる。グリーン車に初めて乗ってわかった距離感がそれを助ける。

簡単にいえば呼吸がしやすいという感覚なのだけれど、これは自然のなかにいるとき感じないもんね。呼吸がしやすいというのは、呼吸ができない環境においてという枕言葉がつくもの。

さて、非電化工房の地方で仕事を創る塾に参加して、シェア会を沖縄で開催させていただいて、その経験のなかで様々なことを考えているが、大きいのは「経験こそ宝」である。今回のこれだって同じことだ。

月並みな言葉だけれども、そう思った。打席に立つという言葉でも表されるだろう。今日の朝のテレビで見た沢田研二さんのLIVEのドタキャンだって、あっち側に立ってみないとわからないことがたくさんあるんだろう。

わたしを高校~大学まで面倒みてくれた叔父が、10代の頃の諸々の家族の事情について「お前はむしろそれに感謝する」というようなことをずっと言っていた。渦中にいたときはその言葉の意味がわからず、ありもしない「ふつう」の家庭にじぶんの至らなさを棚にあげ憧れた。

今は叔父の言葉がよくわかる。わたしがこの時点でわたしとして在るのは、幼少期の経験から今に至るまでのいくつかの大きな出来事によるところだろうと思う。

今一緒に暮らしている友人が「ふつうの家コンプレックス」というのを教えてくれた、満たされた家庭にいると案外本当の愛がわからないという話だったような気がする。それを聞いて、ひとは何にせよ悩むのだなとおかしく思った。

この世で起きていることに意味などすべてなく、すべて意味深い。

大人になった今、なにも我慢する必要はないし制限もない。失敗はリカバリーできるはずだし、広すぎる目で人生を捉えたら最終的に死ぬのでわりと全部どうでもいい。

数年前、パフォーマーになろうかならまいかと(なれるような状態でもないのに)必死に考えていたとき、ズドンと胸を撃ち抜かれた恩師の言葉がある。

「好きなことを身体いっぱいでできるという状態を数年経験して、その結果野垂れ死ぬのであれば、別にそれでいいのではないか」

この言葉も最初は理解できなかったけれど今ならよくわかる。だらだらと誰かや何かの奴隷になって数十年を生き延びるよりも、身体いっぱい心いっぱいで生き死ぬほうがあっぱれというものではないか、という意味だと思う。

わたしはそう思う性質だ、というだけの話なのだけれど、あと30分で目的地に到着してしまうことが寂しく名残惜しく感じる今、今日も生きているなぁと思っている。

f:id:pidakaparuna:20181019101836j:plain