NOW 500→1000

人間として生きる:『たいせつなきみ』

ときどきとてもじぶんについてチグハグだと感じる。

そんな感覚にあるときにはよく一冊の絵本を思い出す。小学生の頃に時折タイミングで読み聞かせられていたあの本を思うのだ。その絵本は人形の世界を舞台に繰り広げられる。

素敵だなと思ったり、かっこいいな、かわいいな、すごいなと思ったら相手にシールを貼る。

シールがいっぱい貼ってある人形は、とても特別でキラキラしているように見える。

一方主人公の不格好な人形は、あれもこれもあれもこれもだめで一枚もシールの貼っていない自分が嫌いで悩んでいる。

くよくようじうじ、ただでさえ曲がっている身体をさらに折り曲げて、小さく小さく縮こまって生きている。

毎朝目を覚ますたびに、どんよりとした気持ちで身体を起こす。町を歩けば、じぶん以外は誰もがシールをたくさん持っているように見えて悲しくなってしまう。

彼はとてもチグハグな身体をしている。不揃いな身体。不自然な身体。

でも、あるクリスマスの日だったか感謝祭だったかの日に、神様にお祈りをする。もういやだ!こんなのいやだ!そう、お祈りする。

その日の夜、彼は神様に出会う、それは人形を一体ずつ生み出した人間なのだけれど。そして彼は言われる「どんな存在も等しく愛おしい」そう言われる。

たしか、その言葉のあとに彼はその人間から彼の良いところを列挙される。そして彼には見えないところに彼へのシールが一枚貼られているのを見つけたりする。いつのまにか夜が明ける。

そして彼はぐっと明るくなって、毎日とても嬉しい気持ちで目を覚ますようになるのだ。

 

わたしはときどき、じぶんをチグハグだと感じる。そのチグハグさと彼が周りのシールをたくさん貼られている人形を見て感じるもやもやとはどこかリンクするように思う。

最初に描写される暗い彼、彼なりに彼が彼のサイズだと思いこんでいる枠のなかでまっすぐ生きようと懸命だった。こんな不格好なじぶんは「明るく」生きてはいけないのだと決め、そのなかで懸命に彼は彼なりの優しさやまっとうさを曲げずに生きようとする。でもその姿さえ周りの人形にからかわれ、彼はさらに縮こまる。でも、懸命だった。

その後じぶんの魅力を絶対的な存在に知らされたとき、彼は今までじぶんがじぶんに対して定めていたサイズを超えて生きられるようになる。

その結果として起きているのが「朝を喜ぶ」ということなのだと思う、まだ上手にいえない。"朝を喜ぶ"には生きる喜びのすべてが詰まっているような気がしている。朝を喜ぶ。朝日に身体を撫でられることを喜ぶ。草木や花、虫たちや鳥たちとともに、その太陽との出会い、新しい一日との出会い、その瞬間の誕生の喜びをシェアする。

そして喜びの源とつながりながら彼は生きられるようになる。誰が彼を笑おうと、彼のなかに彼自身を嘲る気持ちがなければ誰も彼を傷つけることはできない。

 

わたしはこの絵本を読み聞かせられるたび、とても彼にシンパシーを感じていた。まわりの子たちの方がいつも素敵に見えていて、簡単なところで失敗したり、人としてどうこうという部分が理解できないじぶんは欠陥品のように感じていたのだ。

小さな身体のなか「子ども」を押し付けられそれを演じなければいけなかった小学生のときのいくつもの瞬間、そしてうっかり演じ忘れたときの周囲の反応、その見えない枠のようなものと、彼が自分はここまでと定めている枠はなんだか似ているような気がする。

今だって結局は同じことなのだ。この身体にぎゅっと押し込められているじぶんを少しずつ身体の外に出すと、どうしても周りのひととずれてしまう。それは天然と揶揄されるような結果になったり、子どもみたいだねと言われることになったり、いろいろ引き起こす。

そのいろいろがとても苦痛になるときがある。ただ、身体におさまらないだけなのだ。おさまらないのが魂なのか何なのか意識体なのか何なのか、そんなことは絵本の彼がじぶんが人形だとはつゆ知らずな状態と同じで、わたしもつゆ知らず、なのだ。

それでも彼のように神様に語りかけ祈れば、空に星は流れ雲には虹がうつる。タイミングよく誰かが手を差し伸べてくれるおかげで生活を持続させることができ、やりたいことを我慢したことなんてこの数年一度もない。

 

こんなにもこの星に愛されているなかでも感じてしまうこのチグハグ、これはわたしの人間としての弱さであり未熟な部分なのだろうと思う。あのチグハグを唯一感じないでいられるのは、多くの場合子どもたちと共にあるときだ。そして数少ないけれどわたしを家族のように可愛がってくれる周りの大人の先輩方、そしてときおり訪れる奇跡のような新しい出会い。その出会いのなかわたしは自由だ。

そう、だったはずなんだけど、この数日、わたしは初めて、その自由がひとりのときも持続する気配を感じた。23年間生きていてはじめてのことだった。森の中一枚の板の上大きく描かれた円のなかで起きた出来事をわたしはこの一生忘れないだろうと思う。

ただまっすぐに身体をたて、しっかりと目を見て、言葉ではなく言葉にのせるもので伝える。一言も嘘が混じらないように注意深く言葉を選ぶ。相手とじぶんとの間に齟齬が生まれないよう空気を感じ続ける。

あんな喜びがこの世にはあるのだ、そしてきっと時間はまだまだかかるかもしれないけれど、この感覚を忘れないことがきっと何よりも「朝を喜ぶ」日常が続くことの支えになるだろうと感じているのだ。

 

シールなんか一枚もいらない、ほしいのはシールをいくら見てもなんとも思わずにまっすぐ相手の目を見れるシンプルさ、同じ目線でじぶんをとらえられるシンプルさなのだ。

 

チグハグさがなにかを深めるのはまた今度!

ーー

たいせつなきみ

たいせつなきみ

  • 作者: マックス・ルケード,セルジオ・マルティネス,ホーバード・豊子
  • 出版社/メーカー: いのちのことば社
  • 発売日: 1998/10/05
  • メディア: 単行本
  • 購入: 7人 クリック: 12回
  • この商品を含むブログ (13件) を見る