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猫になりたい(ふり)

「猫は好きだと思うと、目を合わせている間にまばたきをする。」そんな一文を見つけてにやにやとしながら試す、間の距離感は2m、どんなかなと思って試す、あ、まばたき。心が少しあたたまる。

猫の気持ちなんかわからないし、甘えてきたり相手をしてくれなかったり、本当に全然わからない。でも造形美としか表しようのない顔の美しさや身体のしなやかさ、眺めているとすっかり心を奪われてしまう。

働いているボルダリングジムには猫がいる。ララというのだけれど、このひととっても可愛くて、でもなんだか他のお客さんに甘えてる様子をみるとなんかやきもちやけてきちゃったりして、いろいろ複雑な影響をわたしに及ぼしている。

ララと出会ってまだちょっとしか時間が経っていないのに、ボルダリングジムにいないときもときどきララのことを思い出す。帰り道、バスを降りてアパートにぱたぱた歩いている道の途中で、コンビニで猫のおやつを見かけたときに(あげたことないけど)、野良猫が寝そべっているのを見つけたとき、ララのことを思い出す。

同じように、ずっと前に働いていたコワーキングスペースにいた大福のことも思い出す、いろんな名前から大福と決まった時にドヤ顔だった上司のひとのこともついでに思い出す。大福のことはララよりちょっと怖かった。なんていうか、わりと宇宙人みたいな雰囲気をまとっていたからだった。いや可愛かったんだけど。

ララはもう少し落ち着いている。

あと、中学生の頃にパパと暮らし始めて、その日はたまたまひとりで家にいたのだけれど、そのときにふらっと自転車で外にでかけたとき、なんか意味なくついてきた白い猫とか、ふわふわだった。自転車のかごに乗せてやると喜んだので、でも走ったらこわいかなとかいろいろ考えて、ゆっくり押してやった。

たぶん自宅の前についたのだろう、ちょっとこちらを眺めてから、さっと降りて家に入っていった。タクシー・・・?と、猫のかしこさに震えた15の夜だった。

猫のことを考えながら道を歩いていると、たいてい連想ゲームでスピッツの「猫になりたい」が頭のなかで流れてくる。猫になりたい、消えないように君に傷つけてあげるよ、という歌詞がなんか妙に印象的で、なかなか頭から離れない。

脳みそのなか自由に漂うBGMに相槌を打つように、うん、と思う。猫になりたい。人間のなか、ただ無邪気に、そのままで。猫になれたらいいのになぁと、じぶんのなかの「邪」を持て余すときなんか特に思う。

そしたら女も男もなく、子どもも大人もなく、難しい技術も制度もなく、ただただ平和に生まれて死ぬのだ。好きだと思ったら寄っていって、嫌だと思ったらぴゅっと逃げて。後半に関しては大して今の暮らしと変わらないか。

ララは晩ごはん食べたくらいかなぁ、お客さんに可愛がられてるだろうか、無理やり扇風機にあてられたりしてないだろか。

でもたぶんきっと、もう猫なんか嫌だ!ちゃんと言いたい!好きも嫌いも楽しいも苦しいも全部全部ちゃんと言いたい!そう思って、人間に生まれてきたんじゃないかなとも思う。

なので、今日も今日とて、明日も明日とて人間をやってみる。とはいえ不慣れなので失敗ばかりだけれども、でも、人間をやってみる。

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