数日めまいが止まらず、やや途方に暮れている。仕事をしようにもディスプレイを長い時間見ていられない。
美味しいものを食べて好きなだけ寝ているので、どこに具合がわるくなる要素があるのかよくわからない。
とにもかくにもハラに力が入らず、困る。
こういうときは言葉にも力が入らない。
意味を込めたいのに、その前に口から音がもれていく。
意味も込められないまま、空っぽの会話ばかりが続く。
悲しい気持ちになって泣いてしまう。
前は、おばあちゃんと話せば治ったり、よく眠れば治ったり、自然に触れれば治ったり、マッサージ受けたら治ったりと、工夫できていたけれど、近頃なかなか治らない。
身体と心が、次の状態になろうとしてるのを感じている。
わたしはまだ、その状態になることを心から望んでいないのに、すこしだけ芽生えているその望みを内側から察知して、先に肉体が変わろうとする。
まだ、まだ、このまま。
思っているけれど、状況がそれをゆるさない。
どんどんと変わってしまう。
寂しくて、またうずくまってしまう。
喜怒哀楽、すべてのなかにじぶんがいる、じぶんのなかに喜怒哀楽のすべてがある。
とにかくぼーっとしている。ときどき浮上しては仕事をこなし、また戻ってぼーっとしている。
めまいはわたしにとってどんな意味があるのか、考えてもてんでわからない。
わかるのは、変わっていくことがさみしいということだけ。そしてそれはすべてのものが移り変わる星のうえ、抱くだけ滑稽な感情でもある。
長く時間をかけてこれを書いた。
変わっていくことがさみしいと思う分だけ、目の前の現実を愛おしく思っている。
たのしいことばかりじゃない、笑っている時間ばかりでもない、でもとても大切な関係、大切な時間。
今しか味わえない全てを、全身に浴びながら、今日もめまいと暮らしていた。
いつなおるんだろ、めまい。
終わっていく25歳へのこの気持ちを、わたしは表しきれない。