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人生初イベント出店の記録:祝福は創造を助けてくれる

働くということについては何度も言語化を重ねているけれども、何度目の前にテーマとして取り出してみても本当に味わい深いものだと思う。

今回新しい「働く」を経験したので言葉にしておきたい。

イベント出店について

昨日、生まれて初めてカラーセラピーでイベントに出店した。

わたしは今まで「出店アレルギー」だった。なんだかずらっと並ぶその様子や、お客さんを座って待つのが不自然に思えたから。

実際にひとに面白おかしく出店について揶揄したことも何度もあるくらい、わたしには理解できない無縁のものだと思っていた。

出店の誘い

わたしのそういう揶揄癖のところも知っている方で、ご本人自身はトランスフォーメーションゲームという素晴らしいツールでセッションされている大好きな仲間のひとが、ふと声をかけてくださった。

やってみない?

やってみよう!実はずっとやってみたかったのだ!と秒で返事をした。

実はずっとやりたかったというのは大げさなことではなく、何度も月の雫というこれまた大好きでお世話になっているひとがその時期大きなイベントを企画していて、その出店を募集していたのもチェックしていたくらい、ずっとやってみたかったのだ。

でも、そのイベントに出店するためには月の雫のお二人に実際にセッションをするという審査があって、わたしはとてもじゃないけれどもしじぶんのしているセラピーが良いものでなかったらと、それが判明することを恐れて応募できなかった。

だけれども、そんなタイミングで別のお誘いがあって、イベントの規模も大きくはなく、主催の方にも初出店だというのもお伝えしたところ快く受け入れてくださったので、今回出店がさせてもらえる流れになった。

すべてブーメラン

今まで揶揄してきたそちら側に立つ日が近づいてくるにつれて、猛烈な不安と後悔がわたしを襲った。

なんであんな心無いことを言ってしまったのか、お客さんが0人だったら、ああやってじぶんがからかっていた並んでいたあのひとたちよりもだめだということにもなる、なんであんなこと言ってしまったんだろう、あのひとたちは今のわたしの恐怖を乗り越えてあそこに並んでいたのだ、わたしより何倍も何倍も度胸のあるすごいひとたちだったのだ・・・と深く深く反省した。

わたしのセッションは尊敬してるひとに胸を張って受けてほしいと思えるものじゃない、審査を受けるのを怖いと思うということはやっぱりまっとうなものじゃないのかもしれないと、激しくじぶんをなじり、何度も何度も心のなかで今までのひどい言葉を謝った。

舞台に立つ

練習不足でも幕は上がる。

ウクレレとともに人前で歌うことを初体験したときも死ぬほど緊張したのだけれど、そのときにウクレレの先生は繰り返しそう言っていた。

ラートの舞台のときもそうだった。

どんなに準備が万全だといえなくても、その日、その瞬間はやってきてしまう。

当日会場に着いた頃にはもはや一周し終え「ああもうお客さんなんかひとりもこないよ!あーあ!まったく!」と、いじけたときのちびまる子みたいな感じで、じぶんが本当にそういう状況になっても傷つかないよう必死で心の準備をしていた。

幕が上がれば

そこには全く違う景色があり、想像を超えた学びをいただいた。

開始すぐ「受けてみたい!」と初対面の方が。その方のセッションを開始してすぐ、今までのセッションよりも深い共感と一段階進んだ言語化が起きたことにじぶんで驚く。

するすると滑らかにセッションは進み「本当にありがとう!!受けてよかった!!」と涙ながらにお礼を言われるとわたしも泣いてしまいそうになった。

最後に「また受けたくなったらどうしよう!」と、連絡先まで交換させていただいた。

なんちゅう奇跡!

これだけでも来てよかったと、そのときは「じぶんの技術がいつの間にか進化した」と喜んでいた。

続けざまに

その後も休憩することもなく、ひとり、またひとりと、「会いにきたよー!」という嬉しい仲間のひとたちや、「お母さんと一緒に」と親子ふたりで受けてくださったひと、時間をともにすることも多い親しいひと、5時間で7人の方にたのしんでいただいた。

みんな大いにたのしんでくださって、泣いたり笑ったり、あっという間の5時間だった。

思い知る

最後に受けてくださった方のセッションを終えてわたしはきちんと今回の出来事の意味を学んだ。

まず最初に、セッションがより深度を増したのはわたしの技術が進化したわけではないということ。

お客さんたちみんな、わたしも含めたこの星に生きるひとみんな日々一歩一歩進むようにそうやって進んでいて、もはや「課題解決」「問題解決」「アドバイス」などどこにも必要がなくなっている。

もちろんセッションのなか具体的にそのひとにぴったりのツールや方法論が浮かぶこともあるし、それも伝えるのだけれど、わたしがあの日みなさんとしたのは「創造」だった。

より豊かに生きられる未来の創造。

よりじぶんらしく在れる未来の創造。

より愛をたくさん感じ溢れる未来の創造。

「創造」を増やす

導く誰かと導かれる誰かという構図は崩壊し、いかにお互いの創造性を高めあうかがこれからの関係をつくるのだろう。

お互いに否定をし合うこと、じぶんのなかでじぶんをいじめること、じぶんの可能性に蓋をし誰かの可能性を羨むこと。

そういうことを終えて次の一歩を始める。

ひとつひとつバラバラに分かれていた感覚をじぶんの内で結び、より大きな力でもって毎日を包み生きる。

実際にやってみる、体験する、新しい扉をノックする、そういうことがどんどんと新しい「創造」を助けていく。

キーは祝福

創造って具体的に書くと、なにかを生み出すということ。

なにかを生み出すためには土台がいる、タネが芽吹くためには良い土がいる。

祝福はその土を、その土台を醸成するひとつのキーワードになる。

今回のセッション、すべてのひとに共通していたのは強烈な「祝福」だった。

そして、この祝福に限り、わたしは誰が相手でも関係ないと気づいた。

そこにはセッションをするひとされるひとの区別が全くなく、ある意味で一体となって言葉を紡ぐ。

あますことなくそのひとの過去、今、未来の、わたしが隣で感じるものを言葉にする。

すべての瞬間に、その瞬間に形になっていないものたち側からの祝福が届いている。

形のなかにはない、形は完成されたもので、その形以外のところにその祝福は溢れている。

祝福する

日常的に祝福することは、今の世界にはあまり習慣がない。

しかし、お互いのエネルギーをより純粋にさせ高めるものは祝福なんだと知った。

おめでとう、本当におめでとう!

何度もそう思い、そう感じ、そう言葉にした。

祝福しあうとそれがさらに力を増し、種のようだった未来がどんどんと育ち強く芽を出すのが見えるようだった。

祝福には上下がない、わたしは何か特別なものをセッション中に見ているわけではない、わたしはおそらく深く共感しているだけだ。

そのひとの奥深いところにあるそのひとへのそのひと自身からの祝福を「気づいたね、おめでとう」という次の一歩へのエールを、わたしはそのひとに返しているだけなのだ。

出店を終えて

出店を終えたあとすぐに、次にじぶんがしたいセッション、セラピーが思い浮かんだ。それはとってもウキウキわくわくしてしまう内容で、そのために必要な準備を助けてくれるひとの顔もすぐにポン、ポンと浮かんだ。

わたしのなかは「喜ばせたい!」でいっぱいになった、もっとこうやってみんなを喜ばせたい、本当のことを手渡して、一緒にエネルギーを共鳴させ増やしていきたい。

純粋にそう願った。

おまけ

そんなことを経験したらなんだか続けざまに新しい仕事が、こちらも本当に以前からやりたかったことで願ってもいない環境でのお仕事だった、それが決まり小躍りした。

スケジュール的にはわりといそがしくはなるんだけれども、今この状態であればどんなスケジュールもこなさなければいけないものではなく、たのしんでいける予定になるだろうとそう思えている。

すべての点がつながるのはまだまだ先のことだけれども、それまでこの毎日を、この毎日思いつくことを形にする実験の日々を愛し進んでいきたいと改めて誓った。

というわけで、新しい働く「出店」についての記録でした。

もう二度とひとを馬鹿にしないと心に決める経験だったな〜苦笑

読んでくださってありがとう!

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芽吹くよりも先に

バスに揺られながら家へ帰る。

眠っても眠っても寝足りなくて、歩きながらもまぶたがくっついてしまう。 

夕焼けを眺めながら部屋に向け歩けば同居人とばったり。

この暮らしの豊かさとありがたさに改めて心のなかで頭を下げた。

この暮らしは3月に終わる。

 

おととい、1ヶ月ぶりにパートナーと再会。

たった一晩ではなんだか物足りなくて、でもなんだかすごく満たされてしまって、今はとても穏やかな気持ち。

日々、家族のことやお金のこと、いろいろ心を一瞬揺らしていくけれど、去年のわたしに比べるととてもリズムがいい感じ。

一瞬の揺れに気を留めることもなく、それについて罪悪感を覚えるほど、わたしには何も影響がない。

 

家族ってなんだろう、胸のうえで眠る彼の頭を撫でつつ考えていた。

わたしとこのひとは、いつか家族になるんだろうか。では今は?

セックスを内に、ケアを内に囲っておくために婚姻制度はあるんだろうか。

わたしたち結婚したら何が変わって何が変わらないんだろうか。

わたし彼のことがとっても好きで、それはわたしを誤解しないから、まっすぐに知っていてくれるからというのがなんだかんだ一番大きい。

それは他の好きになってくれるひと、または好きになったひとへの対比でそう思うようになった。

そのひとの頭のなかで作り上げられたわたしのままでは表情ひとつ動かせないし、最初はたのしくてもどんどん息が詰まってしまう。

彼といるときは、わたしとても自由だと思う。

 

では彼にとっては?

わたしのことどう思ってるのか、こんなに近い関係なのに全然知らない。

それっていろんなところであることで、でもそれは取るに足らないことのようにも感じる。

 

一瞬一瞬に感じることがすべて。

あれ、このひと変だ。

あれ、このひと心地よい。

肩がキュッと上がってしまって息がしづらくなる体感と、肩がストンと落ちて胸が開いている体感。

居心地が良いように人間関係も最低限整えておくだけで、日々の暮らしは呼吸が楽になる。

苦手な人にも、わざわざ苦手と言いに行かなくていい。

わたしを中心において、呼吸を意識し、中心からずれなければ大して乱されることもない。

 

去年のわたしに教えてあげたい。

苦手な人が空間にいるだけで呼吸は浅く、眉間の間にシワをよせ、逃げるようにトイレに入っては泣いてしのいでいた。

今では笑ってしまう。

じぶんを中心に置く。

ただそれだけのシンプルなこと、身につけるまでにこんなにたくさんの経験が必要だった。

わたしは愚かだと思う。

もっと聡明であれば、もっと傷つける人も少なかっただろう。

でも、この感傷さえ行き過ぎれば自己憐憫。

 

自己憐憫からは何も生まれない。

怨んだって憎んだってそのひとの人生に影響がなく、わたしの人生が良くなるわけがないのとよく似てる。

わたしはわたしの感情にしか責任が持てず、わたしはわたしの幸福にしか関心が持てず、わたしはわたしの生きる道のことばかり日々考えている。

怨んでいることも憎んでいることもないことにはできない、わたしがしてきたことを白紙に戻せないのと同じこと。

もし目の前に今まで傷つけてきたひとが列になってわたしを非難しても、詫びることしかできないわけで、そのひとがわたしについて執着を持ってじぶんの時間をじぶんに使えなかったこともなかったことにはできない。

それでも、そのひとたちがまだわたしの内にいて、わたしを鈍い目で睨むからこそ、わたしはわたしの行いを省みることができるのだから、詫びand礼くらいでちょうどいいかもしれない。

そういうこと考えてしまうから、ひにあぶら、さらに嫌われてしまうのだろうけれども。

 

わたしだって同じだ。

もう忘れたもう忘れたと思いながら、なにか身体が固まるたびに、お前のせいだと呪ってしまう。

呪われた相手はいけしゃあしゃあ、とうに忘れて生きているのだろう。

わたしだって同じだ。

そんなじぶんの内側の醜いところと、この日々の暮らしの美しさ。

どちらもわたしなのだと思うと笑えてしまう。

誰にも白黒つけられない。

誰にも評価することなんかできない。

わたしはわたしの感情に責任をもち、わたしの記憶に「お前は間違っている」と札を突きつけ、わたしの自己憐憫癖にいい加減にしろとスワイプ重ね、わたしはわたしを幸福にすることに集中をする。

 

わたしが満ち満ちていなければ、わたしから生まれる言葉も絵も歌も温度さえも、誰かを欠けさせてしまうものにしかならない。

濃いものは薄いもののほうへ。

多いものは少ないもののほうへ。

重たいものはますます重たさを増す。

軽いものはその重たいもののまわり漂い、じきに消失する。

わたしはもっと密度を高めて生きていきたい。ひとつひとつの選択に、ひとつひとつのお仕事にもっと力を込めて在りたい。

ひとつひとつそれぞれの出来事はただの事象に過ぎなくて、心揺らされることが本当に減った。

 

そのなかでわたしの心を揺らすのは、未来のことなのだ。

暮らし、植物、身につけるもの、家、子どもたち、パートナーシップ。

心揺らされるものに正直にもっと身軽に駆け出していけるように、もっともっと創造を行えるように、わたしはわたしを整えなくては。

定点観測のように、サポーターのひととの会話によって過去の自分を思い出す。

あの頃苦しんでいたことをわたしは今笑い飛ばしている。

あの頃理解できずに泣いたことをわたしは今心から祝福できる。

あの頃馬鹿にしてしまっていたひとたちにわたしは今尊敬を送る。

どちらが先でどちらが後か、全くわからないけれど、わたしは今日もよく生きていた。

 

四日前に植えたゴーヤー、なかなか芽を出さないので心配して被せていた土を少しどけてなかをうかがう。

彼も静かに根を伸ばしていた。

先に根なのだ。

先に根。

種から最初に出るのは、芽ではなく根なのだ。

 

ハッとして土を注意深く戻し、しばらく見つめていた。

わたしの恨みつらみも根のようなもの、わたしの喜びや嬉しさもまた根のようなもの。

今日出会った女の子は、タネちゃんという名前だった。

多い根っこと書いてタネちゃん。

出会ってすぐのわたしに心を開いて、たくさんのことを伝えてくれた。

どうもありがとうと、また会えたときにハグで伝えられるといい。

とてもいい日だった。

醜くて、いいところもあって、そんなじぶんを愛してくださる人に囲まれていて、ときどき嫌われて、なかなかいい人生だなーと思ったりする日だった。

 

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大人になると、より寂しい / そのまま生きる

寂しい!

じぶんでも呆れて笑ってしまうくらい「寂しい」が続いている。その独特の質量はどうしたって持て余してしまう。梅雨みたいな天気と低気圧のせいかな。

そんなの10代で終わると思っていたのに、”思春期”特有のそれなんだと思っていたのに、未だに心が、身体がときどきこんな風に寂しさを訴える。

植物とじーっと向かい合って座っているときや、親しいひとといる時間、赤ちゃんを抱かせてもらっているとき、ぼーっと絵を描いているとき、歌をうたいながら歩くとき、冗談を言って笑うとき。

そんなときはどこか遠くにあるのに。

うまく心が通わなかったとき、言葉と思いがずれているとき、うまくやれないとき、そういうときにはずんずんずんと大きな足音をたててやってくる。

ひとりでいるときはそんな気持ちにならないことが多くて、誰かといるときのほうがよっぽどこいつの存在を感じる。

なんなんだろう。

いつかは終わるんだろうか。

「寂しい」で表現しているのってなんなんだろか。

この独特の満たされない感じは、誰のなかにもあるんだろか。

目の前のひとの本音が知りたいと思うとき、触れ合っている真意を知りたいと思うとき、行動の意図を汲み取りたいと願うとき。

なんで、こんな気持ちになるんだろか。

年をとったら身体のどこかからいなくなるんだとしたら、それが待ち遠しい。しかし、それと引き換えに失うものはなんだろか。

誰といたって同じこと、何回話したって同じこと、言葉の数じゃない、表情の数じゃない、文章の数じゃない。

その空間にどれだけ本当のことがあるかどうかなのだと、でもそんなこと、まずわたしがその「本当」を体現できなければ意味がない気づきなんだと、ぶわんとじぶんを背負投げしたい気分。

でもひとたび”社会”のなかに出てしまえば、そこではいっろんなレッテルがベタベタとたくさん存在していて、それはもはやレッテルというよりもスティグマと呼びたいくらいのものだけれど、それがいつの間にかまるでわたしを説明する言葉になっていく。

子どものままでいられれば、そんなもの無視して気づかないふりして生きていくことも選べるのに、外見がもはや子どもではないので、それを引き受けながら乗り越えていくしか道はないように感じている。

そういうもやもやも「寂しい」の根が包んでいる栄養分なのだ。

ーーー

明日は一ヶ月ぶりに大好きなひととの再会。

待ち遠しくて、本当に指折り数えて待っていた。

たった一晩しか一緒にいられないなんてと悪態もつきたくなるけれど、それでも会えるのがやっぱり嬉しい。

今わたしが知っているひとのなかでわたしが唯一なにも考えずに触れ合えるひと。なんのレッテルもお互いの間にない関係に高々と乾杯したい。

そんなひとがいることはとてもとても貴重なことだと、大学の始めの頃の日々とじぶんと周りのひとたちにありがとうを伝える。

奇跡的だと思う、もうどうやってそういう風に誰かを欲しくなるのか忘れてしまったような気がする。じぶんのものにしたいひとなんて誰もいないし、隣にいてほしいってどんな気持ちだったかも思い出せない。

今あるそういう気持ちは全部「そのひとに」というのが頭につく。誰でもよくない煩わしさ、相手次第だという心もとなさ。

そのひとが隣にいない日常に慣れてしまいたくて「誰でもいいのではないか」と思うときもあるんだけど、相手が何か境界線を超えてくると「あ、無理だ」とすぐに違いに気づいてしまう。

こんなに面倒くさいじぶんを、わたしが持て余してしまうじぶんを、飄々と受け流してくれるひとに、変えようとしないでいてくれるひと。

今の状態で会ったらきっと泣いてしまう。

本当は誰とでもそんな間柄で何も隠さずに生きていきたいのに、うまくそれができないじぶんの未熟さが許せず、でもそんな頭のおかしい願い事も一緒にいる間は忘れることができる。

そして、たぶん「何も隠さずに」という方法以外にきっと今思っていることが実現する道はあるんだろうとも思える余裕がわく。

そのひとがいないと生きていけないわけではなくて、もうずいぶんわたしは実は強くて、だけど本当はまだちょびっと弱いから、できたら一緒にいてほしいけど、2人の人生はまだ道が重なっていないので、なかなかそのワガママは叶いづらい。

流されるままに見たい未来の方向へ生きる今、シェアハウスが終わる3月のあとの暮らしをどうつくっていこうか。

そういうときに、ふと、彼が隣にいる暮らしをちょびっと想像したりする。

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じぶんと生きる

できること、できないこと、ひとつずつ紙の上並べながら全部をひっくり返したくなった。

できることもできないことも、できるときとできないときがあるだけで、できるときにはなんでもできるし、できないときにはなにもできないのだから、考えるだけ無駄だと思った。

 

やりたいこと、やりたくないこと、ひとつずつ積んで仕分けをしてみても、やっぱりひっくり返してしまいたくなった。

やりたいことのためのやりたくないことはやりたいことのうちに入るのか、やりたくないことのなかに隠れているやりたいことはやりたくないことなのかわからなくなったからだ。

 

いいところ、わるいところ、ひとつずつちぎって分けてみたけれど、これまたどうしてぐちゃぐちゃに戻してしまいたくなった。

だっていいところもあちら側からみたらわるいところで、わるいところさえもあのひとから見たらいいところだと気づいてしまったからだった。

 

世の中にはたくさんの方法論や思考法、はたまた片付け方までところせまし本棚にやり方が並ぶのに、検索すればどこかの誰かが懇切丁寧に教えてくれるのに。

わたしが知りたいことの答えはどこにものっていないのだ。そのかけらさえも見つけられないのだ。

 

久しぶりにそんな気分になる数日が続いていた。でも、その期間が今は終わったのをわたしは今このときに感じていて、それはまた幼いわたしとの統合なのであった。

 

小さい頃から眠る前のお祈りが癖だった。それは通っていた場所がそういう学びの場だったからそうなった。

お祈りはいつ頃からか神様との対話の時間になった。なぜわたしはここにいるのか、どうしてひとは悲しむと知っていて生まれてくるのか。なぜあんなにあのとき嬉しい気持ちになったのか。なぜ今こんなに寂しくて仕方ないのか。これらの思いに終わりはあるのか。終わったあとわたしはどこへいくのか。そんなことを延々と問いながら眠った。

 

ときどき恨み、ときどき癒やされ、わたしはその時間と共に大きくなった。

学びの場を離れ、「一般的」な場所で学ぶようになってから気づくとお祈りの習慣はなくなっていた。今ではときどき心がそうしたいときにするだけになった。

 

わたしが尋ねていたことひとつひとつに神様がいつも答えてくれていたのだと知ったのは最近のことだった。

 

毎日の出来事の中、神様はわたしに答えを差し出していた。その答えの解釈さえも自由だったけれど、わたしはだんだんとどれが質問の答えで、どれが質問の答えとは関係ないことなのかを見極められるようになっていた。

 

ひとつひとつの出来事はバラバラのビーズのよう、キラキラと輝くそれらをひとつの環にするのはわたしなのだ。意味をつけることもなくただ感じながら、わたしはそれを環にし、環になったそれはまたわたしの内へと帰っていく。

 

わたしはなんだか目の前のひとと対話するふりをしていつもじぶんと話しているような気がする。しかも、その「じぶんと話す」のは小さい頃にしていた神様との対話ととても同質的なもののように思う。

年を重ねていったらまた違うコミュニケーションになるんだろうか。今はまだじぶんに興味津々。これをひとは「じぶん探し」と呼ぶんだろか。呼ぶというよりも揶揄に近いと聞くたびいつも思うのだけれども。

じぶんよりも若いひとを嘲るとき、そのときそのひとは少しずつ死ぬように感じる。だってじぶんが作ってきた社会で育ったそのひとを嘲るということは、じぶんが生きてきた道を笑うこととイコールだからだ。

わたしはそれをしない、理解できてなくてもいい、共感できなくてもいい、美しいと思えなくてもいい、良いものだと思えなくてもいい。わたしが経験したいろいろなことが相手には意味のないことだったとしてもいい。

じぶんの生きてきた道を愛しているから、それをしない。相手のためでさえない心の決めごとだけれども、今このときにするこの決めごとはこれから先わたしをわたしのなかの暴力から守ってくれる。 

 

そしてじぶんなど探さないですむように、これから生まれてくるわたしの子どもには幼い頃からしっかりと対話をし、その権利に敏感でいようと思う。

抱き上げられたくないときは抱き上げられなくていい、笑いたくないときには笑わなくていい、ひとりのひととしてそこに生きていてくれればそれだけでわたしはとても嬉しいだろうと想像する。

まっすぐに存在し、相手もまたまっすぐに存在しているのだということを忘れなければ、誰もじぶんなど探さないですむのではないだろか。

 

わたしはそういう社会をつくるのだとまた途方もないことを意気込みながら、その途方もないゴールからどれだけ離れているだろう、いま目の前のことをやるしかないのだ。わたしがわたしを育てることしか、わたしの思う景色を見るための道のりはないのだと、強く認識する。

 

なんだかようやく目の前のことに心をこめるということができるようになってきた今、今までで一番生きるのがたのしい。どんな仕事のなかでも、どんな仕事の瞬間でも心は表現できるのだ。

 

しばらくはもう一度身体が小さかったあの頃のようにすべて余すことなく感じ、内なる対話を重ねていようと。

今、大きな大きな環をつくりおえそういう風に考えている。しばらくは、湧き上がる心そのままに目の前のことひとつひとつに真心をこめる暮らしを続けてみよう。

 

なんだかそれがきっと「流れに乗る」ということのような気が、今はそんな気がただしているから。

 

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働く理由とモチベーション

夏がきた!!! 

と、はしゃぎたくなる空気が沖縄のあちらこちらそちらで漂っている。

ワンピースの裾ゆらゆらと揺らして過ぎる風が肌に心地よい。

風はいつも時計回り。

台風のときだけ逆回り。

大好きなお洋服屋さん(職場でもある)のオーナーに教えてもらった風の話を思い出す。

季節変わり日に日に力増す太陽の光の眩しさに目を細め、時折続く曇りの日の湿気に髪を遊ばれ、帰りがけ同居人に持たされた傘が活躍する大雨に出会う。

わたしは地球で、そして沖縄で暮らしているのだなと実感する瞬間だ。

最近ますます軽やかである。

大きくじぶんのなかを占めていたあるふたつの主義から自由になれたことが大きい。

お金と権力についてのふたつだ。

今回は特にお金の話。

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(大好きな青いワンピースはまだ職場になる前、ファンとしてお店に通っていたときに買ったもの。背負っているリュックはパートナーからの誕生日プレゼント。履いているクロックスは同居人のりょーぽんの、手に持っているケーキはもうひとりの同居人へのお土産。幸福がつまった一枚。)

時給はわたしの価値を示す記号か

わたしが自由になったもの、それは言うならば「高時給至上主義」とも呼べるもの。みんなが等しく持っている時間、その1時間にどれだけ高い価値がつくのか、つけてもらえるのか。その金額こそがわたしの価値でその金額を向上させていくことこそが人生におけるレベルアップなのだ!というもの。

おそらくそれは、間違った憧れから始まった考え方だった。

「○○さんの1時間がいくらかわかってるのか」とか「お前の1時間とこっちの1時間は違うんだから、意識して話せ」とか、どこで聞いたかもよくわからないけれど、そういった会話や文章に触れる回数が大学生になって増すなか、時給が高いってなんかカッコいい!と思ったんだったと思う。

1時間でもらえる金額=わたしの価値?

その式は長い間に渡ってわたしを苦しくさせていた、でもどうすればその式を手放せるのか見当もつかず、ただその式に振り回されながらときどきひどく悩んでいた。 

悩みを解決する糸口はふたりのひとから与えられた。心屋仁之助さんと、非電化工房の藤村先生だ。

ぢんさんには「どうしたらぢんさんみたいになれますか」と素っ頓狂な質問をして、その答えとした「やりたいことをやって、やめたいことをやめること」という言葉をいただいた。

藤村先生には「どうしたらハッピーに暮らし続けられますか」とこれまた素っ頓狂なことを尋ねて、「お給料は下がってもじぶんの時間を創り出すこと、その時間がなければ湧くアイデアも湧かず、そのアイデアを試す時間もつくれないのだから」そう教えていただいた。

その言葉を灯火にして毎日のなか「なにがやりたくて、なにをやりたくないのか」「じぶんの時間がつくれるように働ける仕事はなんだ」とわりとストイックに感じて&動いてを繰り返した。

トライアンドエラーを重ねるうちにだんだんと理解していくじぶんの特性。

ずっと同じ場所にはいられない、長い時間勤務が続くとノイローゼになりやすい、直接誰かを喜ばせることができると嬉しい、いろんなひとと出会う仕事環境が好き、などなど。

そうして気づいたことをもとに仕事を選んだり環境ややり方を変えていったら、どんどんひとからお仕事を紹介されたり、ご縁をいただいて好きな場所で働けることになったり、運のいいことが続くようになった。

そして、お給料もありがたいことにどんどん増えた。

そんな絶好調のなか、これまた今年の4月から新しくいただいたお仕事も良い環境でやりたいことがやれそうなものだった。

のに、のに、のにである。

わたしは同い年の同居人がより高い時給で、かつ専門性が高いお仕事をいただいたというお話を聞いたあと、ひどく悩むことになる。

わたしの価値<わたしより時給のたかいひとの価値?

わたしはこの方向であっているのか。彼はすごくて、わたしはすごくない。だからお金の差があるのではないか。日々怠けているから能力が向上していないのでは。思いつく言葉でどんどんじぶんをいじめてしまう。一通り痛めつけたあと、じぶんのなかから湧いてきたひとつの疑問にわたしはハッとした。

「お金のために働いているの?」 

わたしはわたしにそう尋ねられたのだ。

「1時間に○○○○円もらえるから、そのお仕事がやりたいの?」

じぶんに尋ねられて初めて考え込む。 

「時給をあげていくために生きているの?」

はじめのうちはうじうじと反論してしまう。

だって食べていかないといけないから働くのは当たり前でしょ?働かなかったらどうやって家賃払うの?ご飯食べるの?

いっぱい働いてるからこそ好きなときに県外にいったり、マッサージ受けたりできるんだよ?我慢したいの?

しかし反論しながら、あるひとつのお仕事のことに自然と視線がいく。

それはお洋服屋さんのお仕事のこと。このお仕事は一番わかりやすくモチベーションがお金にない。たとえ見習いという形だったとしても週に一度お店にお手伝いにいきたいお仕事だ。

このお仕事にはたくさんの味わい深い学びや喜びが詰まっていて、ひとりひとりのお客さまとのコミュニケーションを振り返ると、たしかにわたしだったからできたことがあったように思うのだ。 

もちろんまだまだ完璧とは程遠いので失敗もするし、わたしだからダメだったこともあるだろうと思う。だからこそ面白くて、次はこんな風にしてみよう、こういう組み合わせだったらどうだろうと試行錯誤ができる余白がたくさんある。

何よりオーナーとの会話が楽しく、ひとつひとつのエピソードに愛が詰まっていて生きているのがより楽しくなる。冒頭に書いた風の話のような「わたしは地球で生きている」のをいつも思い出させられるような場であり、関係であり、並ぶ服たちもそういうアイテムばかりだ。

訪れるひとも気持ちのいいひとばかりで「こういう生き方がしたい」「こういう年の重ね方がしたい」と思う大人の先輩たちとたくさん出会う。

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喜びあふれる空間で、喜びを循環できることに改めて感謝してしまう。

時給をもらうために働いている?

わたしは1時間にいくらもらえるからこのお仕事をしてるんじゃない。

お金をいただきながら学んでいるのだ。

そう気づいたあと、ぶわぁぁぁぁっと幸せが奥の奥から溢れてきて、ひとりでじーんとなって、少し泣いた。

ここにお店をつくる前はここには別の空間があった。ひとつひとつを決めてこの場所はできている。そしてひとつひとつの選択によってこの空間は続いていく。

ここには覚悟があって夢があって遊びがあって、地球の上で「風に暮らす」ことができるようなものが並ぶ。

ここに立たせていただけること、わたしは光栄に感じている。

、、、というような流れで、わたし、時給がわたしの価値じゃないって今は知っている。それぞれのお仕事の規模や、お金の流れ方、そのなかで最適な金額がある。それは必ずしも平均値がとれるものでもない。だから金額でわたしの価値は決められない。

わたし、わたしの価値はわたしが決めると知っている。

わたし、わたしがわたしの暮らし方を選べることを知っている。

わたし、わたしのしたい仕事を今している。

ひとつずつ確かめながら口にだしてみると、なんだかどんどんと力が溢れてくるような気がして安心した。そして、ちょっぴり昼寝した。

わたしは今5つの種類のお仕事をして、お仕事未満の活動もいくつかしている。どのお仕事も活動もそれに伴っていただけるお金もすごく嬉しいけど、何より「どのお仕事もわたしの糧になっているのだ」というのが今はすごくハッピーに感じる。

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カラーセラピーのお仕事も、大好き。

わたしの1時間の価値に、金額なんてつけられない。

だから何ってわけじゃなくて「わたしがどうありたいか」ただそれだけの話。 

金額じゃなくて、やりたい仕事を選ぼう。

やりたい仕事が思い浮かばないなら、どんな風に働くのが幸せか考えよう。

そもそも働くのが嫌い!っていうときはきっと休めていない。

「働く」という言葉もひとそれぞれいろんな意識があると思う。

わたしにとって働くというのは喜びの言葉だ。

もちろん身体的な苦しみがあるときもあるけれど。

最近は「仕事っていうか遊びみたいなもの」という言葉に憧れている。

わたしもそう心から言えるように、もっとじぶんのことを知りたい。

いつもこうやってじぶんと話している。

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