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「なんで頑張れないの」とじぶんを責める前に

貪欲に、超貪欲に「好き」を選び続けることへの罪悪感がなくなったのは、2017年から2018年のまんなかあたりまで、ものすごくしんどい思いをちゃんとしたからなんだと思う。飽きるほど体験した「しんどい」に潜り終わったあと、そこで得たのは「じぶんを生きる」という改めての決意だった。

昨日こんな風に今の働き方への分析をした。

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書き終えたあとに超嬉しいコメントを大好きなひとからいただいたのもあり、なんだかそのあと喜びやすべての出来事がこの状態に繋がっていることへの感動で胸がいっぱいになって夜中ひとりほろほろ泣いた。胸のなかがありがとうでいっぱいだった。

今朝は、曇り空だったのもあるだろうけれど(ユーミンか!とツッコミいれつつ)、なんだかイライラして、ああ昨日の喜び大爆発のあとだから、なんだか次のところへ入ったのだなとそういうことを感じていた。どうこうするのではなく、ただ、イライラを感じていた。

それが言語化されたのは、お洋服屋さんで働いているときだった。お客さまがいらっしゃらない時間があって、オーナーは上で休憩、雇ってる側からしたらひとりでお店に立っているときも◯◯していたら嬉しいだろうなとか、ここまでしてあったら喜ぶだろうなとか、いろんな想像ができるのに、身体は動かない。

「なんで頑張れないの!」とイライラする、ここまでできるでしょ、なんでしないの、怠け者め!とりあえずいろいろと罵ったのだけれども、身体は動かず。も~ナンナンダ~とイライラわじわじ。(これ「頑張れる」ひとには伝わらないかもしれない、本当にそういうときって身体が動かない、体質?)

うーんなんだかなぁと思いながら「今日もありがとう~」とニコニコ顔で送り出していただきながら退勤、う~~~~んは消えない、なんでだろうなんでだろうと考え詰める、でもパーンと弾けてしまって、バスのなかで爆睡。パッと目が覚めたら降りる駅。

もーなんなんだーとわじわじしながら、眠いしよーとわじわじしながら歩いて目的地のカフェに到着。まだわじわじしてたんだけど、仕事仲間の電話でなんだかスイッチが変わって、まあもうとりあえず放っておこうとなった。

気を取り直して仕事するか~とパソコンに目をやったその次の瞬間!生き方、働き方、いろんなところを尊敬しているひだまり堂のゆみさんが登場!いや~~~~これはもう聞くしかないんじゃないかと、いやいやお子さん一緒だし、じぶんが子どもだったら退屈だしなぁ・・・と迷う。

でも、自然な流れで質問させてもらえる瞬間があり、ひとこと「羽生くんが「なんで今日4回転とべないんだ!!」って言ってるのと同じ感じじゃない?」と、もうその一言でズバーーーーーンと解けた溶けた融けた!すごいひとである。いやーすごい。

羽生くんも、イチローも、できた理由、できない理由を完璧に言語化できるんだそう。それって何を意味してるかって、できないことに対して「できないことを責める」のではなく、「できないことを前提にして分析をする」という対処をしているということ。

もうなんか目からバリバリ鱗が剥がれる音がしたというか、いや~本当にすごいなと、まさにずっとずっと繰り返していた思考回路のなかに戻りかけていたのだなとハッとしたわけです。ラートが嫌いになったのもそれが理由だった。できないことを分析するのではなく「できない」という状態を責める。練習が足りないからだ!とやみくもに責めて、頭が失敗でいっぱいになって、怪我をする。

そりゃ嫌いになるよなぁと、そんな当たり前のことを思い知ったよね。今、まさに変化のときを過ごしていて、アマチュアからプロへ、というか、お仕事のクオリティを上げていく時期にじぶんはあるなと思っていて。(だってあまりにも素晴らしい環境を与えられているから、それはそういうことだろうと。うまくいえない。)

だから、「できたときの状況、状態」や「できなかったときの状況、状態」を静かに見つめてみようと、そういうことを考えています。そのなかから、じぶんのことをもっと知って、その先にきっと揺れることは当たり前に受け止めたうえでの、高いクオリティのお仕事があると思うから。

なんだまだそこか、と思うひともいっぱいいるだろうなぁ。でも、一歩一歩、じぶんの速度で、今日も今日とてえいえいおー!な日でした。これからまた別のお仕事のミーティング、楽しみだ~~~。

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はっぴ〜。