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キンタコとセックスと1〜5次元について

なんだか寝付けなくて、たらたらと文字を書くことにした、わたしにとって文章を書くことは、なんていうかやめられないとめられないものなのだ

キンタコなんかその最たるもの

キンタコは沖縄のソールフードだよ、キングタコスの略で、タコライスチーズ野菜がお気に入りです

なんだか寝付けなくて、今これを書いてるわけなんだけど、わたしもし今隣に大好きなパートナーのひとがいたら、これ書いていないなって思うのね

くっついて眠ってしまえば、わりとなんでもかんでも満足いくというか、こういう「ねえちょっと誰か聞いてよかまってよ」という欲求って満足しちゃうものだから

まあだから今離れて暮らしてるおかげで、いろんなひとに興味を持ちながら、じぶんのご機嫌をとりながら生活する術を身につけられていると思うとありがたいかもしれない

寂しいかって聞かれると、そんなに寂しくないのは、まわりにいるひとたちとのパートナーシップが築けているからなのかもしれないね

そう、NHKでセックスの特集、「若者」というかぎかっこ付きの特集がされてたみたい

セックス・若者たちの本音 ~世界のミレニアル世代調査~ - NHK クローズアップ現代+

FacebookNHKの投稿についてたコメントがめっちゃセンスなくて笑った

「若者」の問題って若者自身によって引き起こされてるもののほうが少ないってなんで気づかないんだろう?そこの責任棚上げして、若者はなんたらかんたらって言ってるひとみんな頭おかしい

もちろん「若者」を自認するじぶんは、別にそこにあぐらをかくつもりもなく、ただ淡々と、今よりわたしも、わたしの子どもや孫が楽しくなるように日々生きていくわけです

ぜったいあんな大人にならないぞと、一瞬かたく決意して、次の瞬間にはそれを忘れながらね

でね、昨日、男の子2人とシェアハウスをしようと考えてるって話をして、ふたりともとっても大好きで、セックスについて話をすることもできる間柄だから、これはお互いにとってある種の実験にはなるけれどやってみたいと人に話したんだよね

そしたら「とってもいい!!」と、何がそんなに驚かれたかというと、セックスについて話をする異性の友人がいるということについてだったみたい

少し年は離れてたから、もちろんジェネレーションギャップはあるかもしれない(ジェネギャって、受けてきた教育や、親からされた教育の違い、社会的に要求されてきた役割や能力の違いのこと)

そのひとの反応はとてもかわいかったし、すぐそういう友達ができるだろうなと、意識の変わり方を見ながら思っていた

なんだろう、何が書きたかったんだっけ

そう、キンタコが食べたい!というのと、セックスがしたい!って同じようなものだと思うんだよね、食欲と性欲って近いというか

食欲だけにフォーカスするのも性欲だけにフォーカスするのもヘンテコな話

大切なのは日常的にじぶんの欲求に忠実であり、そしてそれに対して敏感であること

なにを食べたいんだろう
だれといたいんだろう
どこへ行きたいんだろう

全部をまるっと最初から叶えられるわけじゃないけれど、ちっちゃいところからかなえていくと、意外と心も身体も潤ったり、ついでにお財布もなぜか潤ったりするこの世の仕組みの不思議さよ~~

ついでにいうなら、欲求の前兆、きゅんきゅんする(体感をともなう)、これはだいたいうまくいくし、その先にぜったい嬉しいことが待ってるから、このヒントも使いこなせると楽しいよね

「で、ほんとはどうしたいの?」の岡田さんは、今食べたいものもわからないのに、じぶんがこの人生でやりたいことなんかわかるはずないだろというのだけれど、本当にそのとおりだと思う

新刊買ったよ 

キラキラな宇宙法則をめちゃくちゃ日常生活に使ってみました

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 そう、だから第一の段階(何のだよ)として、じぶんの欲求に敏感になること

ここは点、一次元、じぶんを感じるということが何もかものスタート地点

そして、関係性、二次元、点と点が結ばれて線が描かれ、その線は「たて」「よこ」になり、じぶんではない「たて」もしくは「よこ」のおかげ、つまり他者との相対からじぶんの位置を知れるようになった

他者というのは人間だけじゃなく土地や空間や食べ物もすべて「他」のものなので、何を食べたい?どこにいたい?誰といたい?その問いかけに跳ね返ってくるものの形から、じぶんを知るんだよね

(コウモリの超音波が近いイメージ)

次にやっと三次元、今ここわたしたちが生活している次元、これは立体、つまり関係性の構築

じぶんを知るために他者と関係性をつくるのではなく、その次の段階、積み上げていく段階

こういう風にしてみたらどうだろう、ああいう風にしてみたらどうだろう、わたしの力とあのひとの力を組み合わせたらこうなるのでは?

いろんなできることがぐわわわわと増えて、え~~~こんなに生きるのってたのしいんだ!!!って感じ

一次元と二次元では感じられなかったことを思う存分感じられる、日々わたしはたいていの時間はここを生きているんだなと思う

そしてとうとうドラえもん、四次元

時間が入ってくるんだっけ、学術的なことはよくわかってないんだけれど、イメージでいうと「意識」が加わる感じ

今までの関係性の構築には「脳みそ」は使っていたけれども、それは機能として思考力をつかってたっていうだけのこと

ここに「意識」が加わるともうちょう無敵

最近ここにいることが多いと思う

でもまだうまく言語化できないな

他者との構築のその先、つまりじぶんの意識の外に集合意識を発見する段階

じぶんの思考や、じぶんの風習、誰かの癖の根っこに社会の共通認識や社会がずっと抱えている問題や傾向があることを知る感じ

そのときはじめて、思考外の思考、つまり無意識、潜在意識での認識がどれだけじぶんの用いる言葉、ふだんの行動の「枠」をつくりだしているかがわかるような気がするのね

このとき、他者はもう他者ではなく、仲間

近い集合意識に根ざすひと、遠くに根ざすひとがいるんだけれど、だいたいは近いひとと一緒に、より社会がよくなるような、今までの枠組みを壊すようなはたらきをしていくじゃないかと思う

惑星みたいなもので、ときどき遠くのひととも出会えるんだけどね

(たぶんこれをスピリチュアルなひとたちは「ソウルなんちゃら」という言葉で説明しているんじゃないかって思うんだよね)

集合意識自体は社会学者も使う言葉だし、ユングもいうし、うさんくさいものじゃないって思ってるよ

集合意識自体が「時間」、時代の変遷といってもいいと思うけど、その影響をとても受けて形成されているもんね

一次元が点、二次元が面、三次元が空間で、四次元が空間に時間軸をプラスしたものというのは、なんとなくよくわかる

で、この四次元のその先があるみたいだということ

数字の順序的に五次元になるんだけど、ときどきあ、ここか~って思うところにいることがある(ような気がする)

要は五次元はパラレルワールド、時間軸が無数に存在する世界、つまり時間がある世界を経たからこそわかる、時間がある意味で「ない」という世界

ば~~~~っていろんな「じぶん」「世界」が無限に存在していて、それらを瞬時にぱちんぱちんと移動しているイメージ

これ、四次元の状態で感じた「意識・無意識(集合意識)」の認識が強まれば強まるほど、移動がはやくなる

最近よく、ああこんな思い込みがあったから、こんな風に誰かが言ったことを解釈してたんだなって、そういう気づきがある

たとえば、「も~ばかだな~」ってよく言われるとするじゃんね

ばか=脳みそが悪い・思考がへた

と思ってたら「ばかだな~」は侮辱の言葉なんだけど、このばかっていう言葉が

ばか=もう、まったく困った人だな~

になると、「かわいいな~」に聞こえてくるわけだ

気づいちゃったらもう戻れない

「バカ」って言われて「馬鹿にしてー!!」とムキになってたじぶんにはもう戻れない

メロドラマみたいな戻れなさだけれども、いくら「バカ」といわれても「バカ(はーと)」に聞こえるわけだ

今までみたいにあたりまえにそうやって解釈してたじぶんにはもう戻れない

その時点で、別の世界に移動しているともいえると思うんだよね

こういう移動をしたなって肌でわかるときに、ああこれが五次元なのかなって思う

なんでこんな話になったんだっけ

キンタコ食べたいから買ったでしょう、で、おなかいっぱいになったし眠たいし、でも誰かと寝たいなぁって思ったわけね、いやでも沖縄で今誰か一緒に寝たいひと(まちがって身体の関係を持ってしまってもいいひと・持ちたいひと)はいないなぁ・・・って思うでしょう、ってなると断然次にパートナーのひとに会えるのが楽しみになって、でも退屈だから、Facebookみてたら知り合いのひとがオリラジのあっちゃんの動画をシェアしてて、その動画のなかで「コンプレックス=才能だ」「優れるな、異なれ」っていうことを言ってハッってなったら、なんか、あ、もう前の才能=特技だと思ってたじぶんには戻れない、、、っていうので次元の話になったんだった(長い)

なにはともあれスッキリしたからもう寝ます

こんなに長いの読んでくださったの!?

ありがとう、おやすみなさ~い