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ウムイ

身体の内側にわいてきたものを言葉にする
ぴったりくる言葉を吟味して、重ねて、順番をいれかえながら文章をつくる

何度とりかえてみても、なんだかしっくりこなくって
ときどきやってくるこの「言葉にできない期」は一体なんだろうと改めて見つめる

そこにあるのは大きな変容なのだ

朝がくるたび、ひとは生まれ変わる
十月十日その繰り返しのなか、わたしの身体は入れ替わる

もう3ヶ月前のわたしはどこにもいない

でも、たいていの場合はゆるやかに変容は起きる
その都度発生する微々たる違いを、敏感にキャッチし、なにが起きているのか言語化することはたやすい

だけれども、このときどき訪れる「言葉にできない期」は、それが全くできなくなる

とにかくしっくりこない

どんな言葉も、文章も、リズムが違う
身体の揺れ方と、言葉になるその言語が合わない

この変容は、ときに大きな悲しみを伴う

大切なひととの別れや、大事にしていた想いとの別れ
意図して変わろうと思うのではなく、自然発生的に訪れる変化

だからとても切なくて、でもそのままでもいられなくて、本当に悲しい気持ちになる

まだここにいたいと、身体の一部が痛くて泣いてしまう
うずくまってそこから動きたくないと、誰かに向かって駄々をこねたくなる

沖縄に来てから出会った不思議な女のひとはそれを「死ぬ」と表していた
何度も死んだと、じぶんが変わっていくためには死ぬしかないのだ、と

よくわかる表現だ

でも、その一方で身体はすごい速度で再生していく
欠けてしまったと思っていた過去のじぶんが大切にしていたものはいつのまにか違う皮膚へと変わっている

昨日のじぶんすら、どこにもいない

でも、だからといって、過去が嘘になるわけではない

その時点でのじぶんは100%の気持ちで、想いで、そこにいたのだ
あなたの前に、あの場所に、まっさらな状態でそこにあったのだ

もう信じてさえもらえないだろうけれど、本当の気持ちだったのだ

今を生きることしかできない

過去に理由を探しても、それは目の前から目をそらすことにしか繋がらない

前を向けと、ただまっすぐ、力をいれるのではなく、ただまっすぐ立ってさえいればいいと

今を生きることしかできないのだからと、ひとりでじぶんを抱きしめる

この先できっと、同じように何度もひとりでこの悲しみを乗り越えたひとと出会うのだろうと、わずかに希望を持ちながら

今はただひとり、外側からは見えない、ひとの目には映らないこの変容のときを静かに過ごしている

それでいいのだと、以前のようにくよくよしなくなったじぶんのことを好きだと、そう思う

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目の前にあらわれた青々とした空、目の前にひろがっていく広い広い沖縄

左から順に島々を説明してくれるひとりの女のひと

ありがたかった、新しい出会いが、心地よく流れる時間が、身体を撫でる風が、ただただありがたかった

自然のなかに人間として存在すること以外に何も望んでいない

ただそのままでありたい、嘘なく、そのままでありたい

でも今は違うから「そうありたい」と強く願う

あの瞬間、あのひとは言葉でわたしにウムイを届けてくださった

「人生の悩み事なんかちっぽけになるでしょう、大きな景色をみたら大きなことを成し遂げようと思うでしょう、だから大丈夫、一生でこういう時間は大切にしなければならないよ」

そう言ってくれた

本当は声をあげて泣きたくなるくらい、その言葉が身体にくれた栄養は大きなものだった

生きているし生きていく

小さかったわたしはこんなに大きくなり、あの頃傷つけてしまったひとに自分から謝られるように、そしてあの頃わたしを傷つけたひとを静かに抱きしめられるようになった

そして、あるべき姿で愛を表現できるようにもなった、それはもっともっと上手になっていく、ただ身体いっぱいで好きだという、それしかできないのだけれども、たぶんきっともっともっと上手になっていく

この先もし、同じように違う道をゆっくりとでも確かに歩んできたひとと出会うのなら、そのときにうんと伝えたい

でもそれまでは、今近くにいてくれるひとをただただ大切にして、そのひとの偉大さを讃えて、変わっていく景色を体感していたい

ただ前を向いて立つだけで良い

季節は変わり、風は流るる

ただ景色が変わっていくだけなのだ、上も下もなく、右も左もない

ただ前を向いて立っているだけでいい、その変容を見逃さず、ひとつひとつに感動してさえいれば、たぶんそれだけで