「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

言葉の響きを味わいながら読む本

虚空の旅人を読み終えた

上橋菜穂子さんのファンタジーは、その世界に溺れるような感覚を読んでいる間持ち続ける

守り人シリーズに登場する言葉でいえば、まんま「ナユグ」のような、そんな世界だとわたしは思う

 

虚空の旅人 (偕成社ワンダーランド)

虚空の旅人 (偕成社ワンダーランド)

 

ずっとその世界のなかにいたくなる

生き生きとした緑、騒々しい市場、ひとびとの間を流れる風、結ばれる縁の糸、そこから丁寧に丁寧に織られていく物語

小学生の頃から何度も何度も何度も、読まなかった年はないくらいに読み返している

小説を小説として読むのではなく、体感することができるのは、きっとそこに描かれている詳細な文化の描写なのだろうと、上橋菜穂子さんが人類文化系の社会学の研究をされていたと知って納得した

何より、言葉が、音が力を持っている

虚空の旅人には、物語のキーとなる役割として、「ナユーグル・ライタの目」が登場する

ついつい目で追い終わった後、ページをめくる前に口に出して、その音を味わってしまう

音の連なりが言葉になる

その一音一音に意味が含まれていることを、いや、一音一音の持つ意味こそが言葉を言葉たらしめているということを、わたしは守り人シリーズを読み返すたびに実感するのだ

幼い時から繰り返し読み返している本のほとんどはファンタジーだ
生まれ育った家の壁一面の本棚にあったのは岩波少年文庫だった、さまざまなファンタジーを片っ端から読んだ

妖精の出てくるもの、魔法が出てくるもの、動物がしゃべるもの

繰り返し繰り返し、電車で片道1時間かけて通学していたのもあって、繰り返し繰り返し、ランドセルを背負って歩いているときも読んでいた

しばしば母が本屋さんで、違うものを買ってくれることがあった
好きそうだと見つけてきてくれた本はどれも当たりで、何度も何度も、眠る時間さえ惜しんで読んだ

特に大人になってからもそばに置いているのは、上に書いている守り人シリーズの他に数冊ほど

竜の騎士

これは本当に繊細な竜の登場する物語、夜空を飛ぶその描写にいつページを開いても心踊る

 

竜の騎士

竜の騎士

 

魔法の声

この本は何冊か続き、映画化もされていたような気がする、音読するとそれが実態となって現れるという設定がたまらなく魅力的で、つられてなんども音読したものだった

 

魔法の声

魔法の声

 

チョコレートアンダーグラウンド

砂糖が法律で禁止されたあと、中学生の男の子二人組が隠れてチョコレートを製造し、バーを作り、最後には体制を壊し、砂糖復活!というすばらしいストーリー!
今になって読むと、そこにはさまざまなエッセンスが隠れていて、体制について知識はなくても直感的におかしいと思えるようになるセンスを磨いてくれる一冊でもある

 

チョコレート・アンダーグラウンド

チョコレート・アンダーグラウンド

 

他にも読み返すものはいくつかあるけれど、心に強くのこっているのはこれらだ

結局そういう背景がスピリチュアルな世界を面白がる今の自分にも繋がっている

ファンタジーもスピリチュアルも、それが全てではないから面白い

物語は「行動」と「停滞」の連続によって織られていく、それを彩るのがファンタジーな要素であり、これは現実世界でスピリチュアルなものに対してそのままいえるだろう

ああでも、こうやって大好きな物語に触れ、その物語について思いをはせるとき、わたしの身体はあたたかく、胸はドキドキとする

愛してる!と叫びたくなる、ちなみに今は飛行機のなかなので叫べば拍手が起きるか、キャビンアテンダントのおねえさん方にたしなめられるはずね

もうほんとに大好き!
すばらしいものを世に送り出してくださってありがとうと、生きているうちに作家の方に言えたら、それを翻訳して編集して印刷して販売してと、それに携わる人みなにいえたら!

そして照れくさいし、それはあくまで一部分の関係性ではあるのだけれど、惜しみなく本を与えてくれた母や父、本を読む面白さを静かに伝えてくれた祖父、家に本があるきっかけをつくってくれた姉、いろんなひとのおかげで、わたしの心のなかのファンタジーに関する部分は耕され、種を植えられている

それがどう芽吹き、成長していくかは依然不明だけれども、これから先もきっとそこから豊かさが生まれ続けていく

ありがとう!と思うわけです
おしまい!

小学四年のときに図書館の壁を制覇したのも今では良い思い出、面白い本もあればくだらない本もあった

図書館って最高だよな〜って、子どものときは思っていたけど、好きな飲み物と好きな体勢で読めるという点で、大人になってからの方が自由で面白く緩やかな読書を楽しんでいるのかもしれない

本なんて読んでも読まなくてもどっちでもいいし、多読がいいとも、速読がいいとも思わない、何冊読んでようとどうでもいい

その本によってどのような種が植えられ、または水となり、その人自身の何に影響を与えたかには興味がある

そして、その種も水も、本でなければいけない理由はどこにもない、音楽でも、動画でも、スポーツでもなんだっていいのだ

時代は変わる、コンテンツの形も変わっていく、ジェネレーションによる枠に縛られずにさまざまな形での種を、水を提供できる存在でありたいと、ジェネレーションギャップを埋める努力をせずに批判されたあとは、ひねくれながら思ったりする

これは蛇足!笑