「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

5年

たぶん雲の上だ、耳の変な感じも終わったし。確信が持てないのは、飛行機の中が明るくて窓から見える景色はまっくらだからハッキリと様子がわからないから。

数十分前まで一緒にいたのに、と思って寂しくなってしまう。泣いても泣いても泣き足りない。勝手に涙があとからあとから出てくるので、もう大人なのだと言い聞かせることで感情の波をなだめている。搭乗口の見えなくなるところまで見送ってくれた姿を目に焼き付け、那覇へと向かう飛行機に向かって歩きながらごしごし袖で拭った。

瞬間瞬間の様子を書き残しておきたいと何度も文章にしようと試みているけれど、誕生日を迎えたあとすぐに彼がしてくれたサプライズや、ホテルでの会話、ドライブ中に見た景色、まっすぐ広がっていく海や、対面に見える大きな大きな島、食べたものの味や、聞こえた会話、いろんなものが身体のなかでまだ消化されずにのこっていて、うまく言葉がまとまらない。

感情だけを書き記してしまえば、寂しくて、愛おしくて、うーん。。ひとを好きになるって、よくわからない感情だ。本当に。なんで好きと思うんだろう、どうして好きだと感じて、それを伝えたくなって、会いたくなって、会えても会えても満足しきれず、際限なく一緒にいたくなるんだろう。

彼の弟のことも一瞬でとっても好きになったので、遺伝子レベルで好きなのかもしれない。お母さんとお父さんもそれぞれ素敵だった。(5年も一緒にいたのに初対面だったので緊張してカチコチになったけど)

この5年で彼以外の男のひとや女のひとのことも、たくさんとは言わないけれど大勢好きになった。でも、これだけ長い間この感情が持続したのは彼が人生で初めてのことだった。まだ好きだと思うし、暮らす場所が変わって会う回数が減って、もう会わなくなったとしても、たぶんずっと心の何処かに彼は住むのだろうと思う。

だいたいどのひとのことも好きになったあと感情が持続するのは短くて2週間、長くても半年から一年くらいで感情は薄れ、時折なにかの拍子に思い出しては「ああ好きだったなぁ」と浸る程度になる。程度というと彼への思いに比べて軽く聞こえるけれど、そこに優劣はない。

どのひとへの”好き”もわたしの人生にはとても栄養になっていて、”生きる”ことや”生きていく”ことについての理解を深める大切な材料でもある。好きになったら身体いっぱいで好きになってしまうので、今まで好きになった相手で好きになったことがバレていないひとはいないんじゃーないか。そのせいでいろいろなひとに迷惑をかけるのだけれども。。

彼への好きと、それらの好きに差は本当になかったと思うのだけれど、何度も喧嘩して彼のところを飛び出して、もう二度と会うもんかとかたく決意し、まったくもうと悪口をたくさん言い、でも気づいたらまた彼のところに会いに行ってうっかりひょっこりちゃっかり隣で暮らすことをした理由はなんだったのか。

そう、その理由がなんとなく今回の誕生日プレゼントでわかったような気がしたのだ。2泊3日の石垣島での時間を彼はプレゼントしてくれて、夜中にケーキとろうそくをサプライズで登場させてくれて、たくさん美味しいものをくれて、美しい景色の場所をくれて、当たり前のように自由をくれた。

でもそれを”くれるひと”だから彼のところに何度も戻ったわけではないのだと思う。なんといっても彼はとってもわたしをナチュラルにするのだ。ナチュラルに。そしてそれは「こいつをナチュラルにするぞ」と決めてナチュラルにできるものではないから、この5年、いうならば大人になるまでの時間を過ごした時代なのだけれども、その期間を支えてくれたとっても貴重なひとだったのだ。

わたしにとってナチュラルであるというのは、とてつもなく、とてつもなく繊細なことだ。ナチュラルである、というのは自然体であることとまたちょびっとだけ違う。自然体であることは、いつだってオールウェイズ自然体、でも、彼といるときのナチュラルは、その自然体と桁違いに自然体であるというのを言いたくて、ナチュラルだと言う。

そして、そのナチュラルは、一見矛盾するようだけれども、何度も喧嘩別れをしたり、彼と一緒にいるときも別のひとのことを好きでいたり、意味のわからないやりとりで大笑いしあったり、真剣に仕事の話をした時間があったり、そういうものによって”ナチュラルでいられる”なにかが構築されたからできること。だけど、それだけでもない。

数えきれない有意義・無意義なコミュニケーションの積み重ねによって構築された関係性以外に最も大きな要因があって、それは彼の心根の良さなのだ。そして今回みたたくさんの石垣島の景色、彼が生まれ育った場所に触れたときに、なぜ彼の心根がこんなにも豊かであるのかを身体的に理解した。

その豊かさによってどれだけわたしが癒やされ家族や愛に関するトラウマを力に変えることができたか、そしてまっすぐと物事と向き合うことを日常的な会話やスキンシップによってどれだけサポートしてもらっていたかについても、この土地にきてから本当の意味で理解した。

このあと、暮らす場所が変わってからどのように関係が変化変容していくのかは想像もできないし、もしかしたら半年もたたないうちに今決めていることをひっくり返して彼との暮らしを選んで沖縄を飛び出すのかもしれないけれども、これらの”理解”はとても大きな意味のある理解だった。

ヘンテコな文章だけれども、本当のこと。ここまで書き終えて気づいたのは、その”ナチュラル”さにあえて年齢をあてはめると、それはまんま2~3,4、5歳、小学校中学ねくらいまでのじぶんともいえるということ。

つまり、彼は、わたしにもう一度「こどもでいられる時間」をくれたひとでもあった。ここまで書き終えたところでちょうど目に飛び込んできた沖縄の夜景。魔女のキキになった気分。

準備ができたかできていないかは問われた覚えがないけれど、人生がなにか次のシーズンに突入したことだけをハッキリと感じる。そういえば今日はわかりやすく23歳1日目でもあった。

あ~あ、本当に好きだなぁ。こんなに素敵なひとなかなかいないし、5年の歳月はとてもとても幸福だった。これからどうなるかなぁ。わからんなぁ。どっちにしろ、ずっとずっと彼もわたしも幸せに生きるだろうと想像しながら、今日は眠ろうと、そんなことを考えている。

飛行機をおりて、お家へ帰ろう。6日間の旅、22歳を終え23歳になった旅、たくさんのひとのおかげで良い時間を過ごした。ありがとうでいっぱいだ。

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