「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

あなたはじぶんに恋してる

10年前から続くご縁の先、あの頃と同じように、同じ場所。エスカレーターの横の鏡に映るじぶんのちんちくりんさと、一緒に歩いているひとのうつくしい様子に、なんだか照れくさくなり鏡から目をそらす。

改札前でわかれればすっかり寂しくなってしまって、その寂しさを紛らわすように早歩きになる。泣くまい、泣くまいと、じぶんに言い聞かせ、またいつだって会えるのだと言い聞かせ歩き続ける。

たくさんの知らないひととすれ違い、顔さえ覚えないまま通り過ぎ、肩がぶつかったことを謝るころには相手はもう遠くにいる。この街で暮らしていたじぶんは今よりもずっと頼りなかったはずなのに、このなかで当たり前に暮らせていたじぶんは今よりもたくましいような気さえしてくる。

まだセンチメンタルのなか漂っている。教えてもらった漫画を読み、物語のなかに没頭する。相手の好きなものを知り、その好きなものまであっという間に好きになってしまうのは、結局13歳の頃から変わっていない。

いつも会ったあとは、もっと綺麗になりたいと思う。もっとかっこよくなりたい、もっと横を堂々と歩けるようになりたい。そんな思いを抱きながら電車に揺られる。この感情は、よく小説や漫画にでてくる、年上の素敵な女性に憧れる少年の思いに似ていると思う。横を歩いていれば誇らしいキブンになるところなんかも。

わたしの身体の中にはたくさんの”好き”がある、その多くは外側を向いた矢印を持たない。いつだってその矢印はじぶんへと向かう。なぜ”好き”と感じたのか、どこがいいと思ったのか、それを通じてどんな体感があるか、分析する工程がたのしくてたのしくてたまらない。

わたしにとっての”好き”は好奇心であり、それはそれ単体でくるくると踊るように面白い感情だ。この感覚がなければ、あっという間に心が枯れはて退屈な人生になってしまうだろうとさえ思う。

外側を向いた欲求の矢印を持たないというのは、噛み砕いてみると、その対象(ひと・もの・場)に対して欲求がわかないということでもある。わかないものはわかないので仕方がない。ただ好きだから、もっと知りたい、そしてその知るという作業を通して、もっともっとじぶんのことを知りたい。

欲求がないと書くとなんだか”綺麗ぶっている”ようにも解釈できるけれど、欲求がわくときもある。それはかなり身体的なところによるもので、「ついうっかり」というのが最も近い表現かもしれない。ついうっかり独占したくなったり、ついうっかり奪ってしまいたくなったり、ついうっかり触れてみたくなったりする。

でもそれはあくまで「ついうっかり」の範疇を超えず、またその「ついうっかり」の発生源は身体的な波によるもので、あまり対象は関係ないように感じてる。もう少し、眺めていたい、年齢による変化もありそうだから長期的に観察することが必要。

欲求に溺れるのもたのしくって面白いけど、それよりも、なんか心がきゅ〜〜〜〜って誰かや何かに惚れるのが面白くって、それの観察に没頭してしまう。欲求はなんかわりとよくわからない。波がありすぎて戸惑う。

そんな状態にあると伝えたこともないのに、「あなたはじぶんに恋してる」と、ある大人のひとがこっそり教えてくれた。あまりにも的を射た表現によって身体のなかにあった疑問がするすると解け、すっと淀みがなくなった。

わたしはわたしに恋をしている、文にしてしまうとそれは稚拙で、幼く、かっこわるいように思えるけれど、これがあんまりにも真実なので認めざるおえない。

もっと知りたいのだ、もっと知りたい、なぜそう感じるのか、どうしてそう感じたのか、なぜその行動なのか、どうしてあれができてこれができないのか、なんであのひとのことはとっても好きなのにこのひとのことはどうしても好きになれないのか。 

とにかく、いまのところ出している答えでは、“好き”になることと、欲求を抱くことは別だ。、、、というようなことを考えているときに、冒頭に登場した一緒に歩いていたひとから紹介された漫画があまりにもドンピシャ内容。

BEASTARS 1 (少年チャンピオン・コミックス)

BEASTARS 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 

ハイイロオオカミの主人公はウサギに恋をするのだけれども・・・。

小動物への”食欲”、好きだと思うことによって生じている”性欲”、肉食動物への所属からの脱却をはかることによって生じる葛藤。

もちろん他のキャラクターのそれぞれの葛藤もとっても面白くて、ページをめくる手が止まらなかった。たまらんたまらん。

久しぶりに、ぐっとその世界のなかにはいってしまう漫画を読んでとても楽しかった。

沖縄に戻ったらあとの巻もそろえて、何周か読んで、浸りきりたいと思う。ああこういうものを創りたい、地球に生きていながら、また別の世界を体感することができるってやっぱり創作物はすごいと、本当に感動する。

は~~早く続きが読みたい。

人生で一番好きになった漫画を教えてくれたのもこのひとだった。

沖縄に越したばかり、誕生日も過ぎ、4月になって、環境の変化と一人暮らしの寂しさにやられていたときに宅急便が届いたときのことをまだ覚えてる。

そのひとから漫画が4冊、手紙つきで送られてきた。そのひとらしさ満載の気遣いに、改めてやっぱり素敵だなぁと思い直したのをよくよく覚えてる。とにかくとっても大好きだ。(もう面と向かっていうには距離が近くて、好きだなんて数年伝えてないけれど。)