「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

いざ行かん、我が人生。

何者でもない自分に戻る。
大切な答えは、すべて身体の中にある。
少しだけ、少しだけ肩の力を抜く。
ゆっくりと呼吸を整え、中央に心を抱く。

ひとつひとつの点を丁寧に打つ。
それらが絵として見える距離まで離れていく。
一見腹立たしさを誘う出来事さえ、点でしかない。
その点も、絵になってしまえば穏やかなもの。

信用は、社会的なもの。
静かにそこにあり、一律的、画一的、波立たない。
信頼は、個人的なもの。
あたたかく寄り添い、どんなときも助けてくれる。

だんだんと時代が変わる音がする。
世代のコントラストをただ感じていく。
そのグラデーションはわたしを通り抜け子どもたちへ。
世代ごとに抱える課題が異なるのは、
互いの持つ異なる知識を撚り合わせ、解決するため。

まっすぐに子どもたちを愛し、尊敬する。
同じように、ここまでの繋がりに深く感謝をする。
へそにそっと手を合わせ、その連なりに心を寄せる。

今わからないことは、今わからなくていいこと。
変わりたくないのなら、変わらなくていい。
今わかることは、今必要だから理解できること。
それらを学びに変え、血肉にし、日を新たに生き直す。

必要のないしがらみに縛られ、足をとられる。
前へ進めずに、ぐるぐると同じ景色を繰り返す。
その道程のなかで忘れてしまわないで。
とらわれは多くの場合とても無意味。
誰かの念、誰かの考え事、誰かの悩み、誰かの価値観。
他者に人生を明け渡してはいけない。

まっすぐにじぶんを生きることを試みる。
心の奥底から湧くものだけが生きる時間を彩っていく。

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眠りにつく前、じぶんとゆっくりと対話をする。
今日起きた出来事が今日起きた意味を知る。
今日もよく生きた、力の抜けた身体を撫でて。

もし、人間を選んで生まれてきたのなら。
きっとこの身体に意味がある。
もし、父と母とを選んで生まれてきたのなら。
きっとこの道のりにも意味がある。
もし、あなたに出会うと決め生まれてきたのなら。
この出会いから学ぶべきことがある。

喉がひどく痛む。
神さまにお願いをする。
あと少しだけ勇氣をわけてくださいと。
もう少しだけ、わたしの生き方を見つめさせてくださいと。

神さまが笑う。
どのように生きるかは既にあなたの自由だと。
生きているだけで役目はすでに果たしているのだから。
喉の痛みを感じきる頃には、
今あなたの抱えていることはどれも軽くなっているからと。

今わからないことは、これからわかる。
そこに明日を生きる意味がある。

日が沈み、また昇る。
十月十日の日々のなか、自然に抱かれ歩んでいく。
人間として生きる意味をこの手を通して知っていく。

何も知らないはずのあなたから頼りが届く。

「人生とは、できることに集中することであり、できないことを悔やむことではない」
「足元ではなく、星を見上げよ、好奇心を抱け」
「いかに困難な人生でも、必ず達成できることがある」

その一文にどれだけ心を洗われただろう。

わたしに届くたくさんの愛が、
わたしを通り抜けることでより力を増し、
大勢のひとに届きますように。

わたしを愛す心の優しいひとたちが、
明日も明後日も健やかに生きられますように。
そのひとたちの優しさを豊かさに繋げられますように。

誰かがわたしのことを祈ってくれるのと同じように、
眠る前にわたしも祈っている。

多くのことがより単純になり、より純粋さを増す。
力強く輝く光が必要のない殻を壊し、この星を豊かにする。
もっともっとシンプルに、もっともっとまっすぐに。

繰り返し今日の出来事を細分化し、分析を深める。
こんなことで疲弊するようなわたしではない。
きゅっとくちびるに力をいれて、頭をあげる。

ただ生きる。
この営みの尊さのうえ、まっとうな創造を。

できないことなどなにもない。
ただ一点の未来に向けて歩みを止める必要もない。

進む。
道標はいつだって心の奥底と頭のてっぺん結んだ先に。