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わかれびーさー

バスに乗ってもまだ、背中があたたかいような気がする。
大きなかまどに背をあてて、働き方について話を聞いてもらった。

曇り空のなか、街はなんだか全体的に灰色に見える。
ところどころにカラフルな面白いことが見え隠れ。

空も街も灰色だからか、足元の朱がよくよく映える。
誰かのつくったものを身にまとうのは心地よい。
初めてのお仕事だったから、験担ぎに近い考えでおろしたけれど、いい選択だった。

じぶんの好きな味を知るために、手っ取り早いのは嫌いな味を知ることだ。
と、面白い大人の先輩が淹れたコーヒーを飲みながら思う。

市場のなか、ひとつ奥に入った通り、十字路のすぐ脇。
ひととひととが交差する場所で一瞬重なるご縁が弾けて煌めく。

今、一日が終わろうとしてやっと、”わかれびーさー”と身体が馴染んだような気がする。
歩いていたら悲しいキモチになって、飛び乗ったタクシーのおじさんが教えてくれた。

さむいねーと言ったら、「わかれびーさーさ~」とおじさん。
旧正月も、ムーチーの日も、タクシーの運ちゃんから文化を習う。

わかれびーさー。
これが終わったら春がくる。
沖縄の春は一瞬で、あっという間にセミが鳴く。

“わかれびーさー”を昨日感じて、なんだかとても生きていくことが億劫になった。
でも、どの道を選んだとしても、やっぱり安心も安定もない。
なら、いつ死んでもいいように、やりたいことをやろう。
やりたくないことをやめよう。

わかれびーさー。

ひとつなにかの季節が終わろうとしている。
わたしにはなにもない。

でも、落ち込みきって、寂しさを感じきって、生きていくことの悲しさを泳ぎきって。
今思うのは、この身を使おう、ということだけ。

わたしの取り柄は、これだけだ。
素直にまっすぐに人を愛そう。

怒られるかもしれない、と思ってやらないことを選ぶのではなく。
もし怒られるとしても、目の前のひとの役に、三方のひとの役に、この星の役に立ちそうなことはやろう。

余計なことをして、と言われる場所もあれば、本当にありがとうよくやったと褒められる場所もある。

よくよくよくよく見極めよう。
今は、とにかく場所に限らず、きちんとやりきりたい。

“わかれびーさー”を終え、春分の日を迎える頃。
今した覚悟が種となって、何かが芽生えていく。

進もう。びびりながら。
進もう、ちょびっと泣きながら。

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