「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

たのしく生きよう

そよそよと頬を風がなでる。縁側、集められるようにして置かれた小石を一枚の板に沿って敷き詰め直す。敷き詰めるといっても遊びのように、石と石のかどを合わせ、ぴったりとはまるように並べるだけの。

石と石は別々の種類の石なのに、時折ぴったりとはまるものがあり、そのたびに”感嘆のため息”をつく。もはやそういう遊びのように、ぴったりくるものを選んでは、ため息をついて楽しんだ。

小学生ぶりの芋掘りは、とてもたのしく、一種の宝探しゲームのようだった。深く鍬を入れると芋が傷ついてしまう。そーっとそーっと小さな鍬を使って枯れた枝を頼りに土を掘ると、そっと石ではないものにあたる感触。もう泥でそまった軍手で更に土を掘ると、やがて手のひらに収まる可愛らしい芋や、時折こぶし大の大きな芋と遭遇する。

芋掘りのあとは、一通りあたりを探検して、バナナの木や、北中城や糸満でも見たことのある不思議な葉の形をした木の下で、思いつくがままに歌をうたう。声をだすと何かがスッキリする。風がぬけていくたびに揺れる枝葉の動きを合いの手代わりに声を出し、飽きたので中断して、そのまま草に寝転んだ。

意味のない一日。これだけ豊かな日が2月、一度でもあっただろうかと思い返す。これだけ心があらゆる重りから自由になった瞬間はあっただろうかと記憶を探る。でも、一通り脳みそを見て回ったあと、なんだかんだ今だっていろいろな考え事に縛られているのだ、とまた違うため息をつきたいキブンになって地面に体重を預けた。

普段働いているときは、腕にのっただけで払いたくなる小さな虫も、大きな自然のなか草むらに寝転んでしまえば、大して気にならなくなる。むしろ、あちらが主役で、こちらはお邪魔している身分だという気さえしてくる。じっと動かずに、彼らが思うように腕や指の上を歩くがままにしておく。

虫や、草、葉や、小さな花の形状の完璧さにまたため息をつく。ため息をつきたいシーズンなんだと思う。すばらしい、これは人間がつくりだしたものではない、という当たり前のことにしばし思いを馳せる。一通り想いを馳せ、それに飽きたのでお家に向かって歩きだす。

だいすきなひとと、わたしが以前からこっそり尊敬と羨望を抱いているひととが台所で並んでお昼ごはんをつくってくれていた。つくっているのを眺めているのにも飽きて、電子ピアノを見つけたので適当に奏でた。瞬間瞬間に曲が入れ替わる様と、その間にスペースを入れないよう気を配る自分の癖とに気づき、日常的な脳みそや心の動きと同じだなと笑ってしまった。

そうこうする間にお昼ごはんができた。おむすびと、サラダと、掘りたての芋、あと梅干し。美味しい梅干しを食べられる機会はそうそうないので、とても嬉しかったし、今年はぜひじぶんで漬けてみたいと意欲がわいた。

なんでもないようで本当に特別な一日だった。いつも暮らしている場所からちょっと離れたところにあるこの場を好きだと思ったし、時折訪れたいとそう願った。この場所へ向かうために車に乗って、助手席から運転席にときどき視線をわたすのも好きだった。

そして、何よりも今日は、一日中空の様子や海の様子がいつもよりもずっと美しい色をしていて、それは冬の季節が終わり、春や夏がどんどんと近づいていることをわたしに知らせた。

嘘はつけないから、わたしは今まったくげんきではないのを隠せない。でも、嘘はつかないから、わたしは今とてもハッピーだ。大切なひとと時間を過ごす、あと幾日も生きないかもしれないし、あと数十年も生きるかもしれない。重要なのは、”7世代先のことを思い浮かべながら””今日を人生最後の日”だと思って生きることだろうと、誰かの言葉をなぞるようにして考える。

でも、それはちょっとニュアンスが違う。じぶんの言葉で考えじぶんの言葉を起点にして考えると、今のわたしにとって重要なのは、一日一日を一回一回生きて、一日一日を一回一回ちゃんと死ぬことだ。あと一ヶ月が経って23歳になるときまで、それを意識して過ごしたい。その先にもしかしたら5年も一緒にいた大切なひとと離れたあとの生活の様子のヒントがあるかもしれない。

今は、まだ、体いっぱいで心いっぱいで寂しさを感じるだけで精一杯だけれども、手提げかばんの中にいくつも入ったまんまるのお芋の感触が、新しい暮らしで待っているいくつかの面白い出来事を予感させる。

明るいところにハッキリとした影があるし、ハッキリとした影のあるところには強烈な光がある。ながーいトンネルの入り口の前、まんまる芋を片手に握りながら、息を深く深く吸い込んで、トンネルのなかに入る準備をするような日だった。

だった、といいつつ、バスでまたまたちょっと遠くの場所へ、懐かしいたいせつなひとに会いに行く途中でこれを書き上げた。わたしの人生に突然あらわれて、さっそうと肩で風を切り、持っていた銀色のナイフで、わたしが気づかずに着込んでいたいろいろな要らない価値観を切りつけ脱がしてくれたひと。大学時代で一番熱烈にファンになったひとだ。このひととの出会いがなければ、このひとの見せてくれた世界がなければ、今のわたしはいないし”価値観を脱ぐ”ということもわからないままだったろうと思う。

でも、もう身体が眠たくて眠たくて目もとろとろとしているので、まんまるのお芋を渡して、ビールを数杯飲んだらきっと眠ってしまう、家までちゃんと帰れますよーに!

今日一日のなかで特に忘れたくない言葉は「寂しさから始まった関係は、寂しさをもたらして終わる」という言葉。おそらく20代の間はこの言葉が耳から離れないだろうというくらい、インパクトのある、重たい響きの、だけれどもトンネルの先の未来を感じさせてくれる言葉だったから。

 

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こんなことを書き終えてから、バスを降り、道に迷い、タクシーを拾う。「あの店、移転してから道わっかんねーな」って言いながら、ナビを入力する運転手。ナビの指示に逆らい続け「大丈夫なのか・・・」と普段の生活では心配される側のわたしに心配される。

そんなこんなでお店につく。いつも通り目が悪く、お店のなかを見渡してもどこにお目当てのテーブルがあるかがわからない。パタパタと忙しく働くおねえさんを捕まえて、予約の名前を伝え、テーブルへ。「おお~~~!!!」と名前を呼んでくれる。その顔と声を見て、わたしは一瞬で、ああきてよかった、に包まれた。

知らない先輩のほうが多かったけれど思っていたよりも人数が少なかったおかげか、しばらくして自然に緊張が解けた。どうしてるの?何してるの?そんな話を一通りしながらビールを飲み終え、泡盛をいただく。

みんなの中心には茶色のビン、横に水、その隣に氷、コップの中が少なくなると誰かが氷をいれてくれ泡盛をたしてくれる。一口飲んで、うぇっとなると、だいすきなひとが笑いながら水をいれた。

テーブルを囲んでいるひとは、みな同じように学問に向き合った経験のあるひとたち。それは言い換えると、正確かはわからないけれど”生きていくとは”に向き合ったことがあるひとたち。

でも、今回の飲み会、今までしたことのないような話をたくさんして、それが本当にわたしの、今のわたしにはとても必要な栄養のような話だった。なぜ働き、なぜその道に進み、どのように考え今の働き方をしているのか。パートナーシップ、想いと技術、さまざまなキーワードが飛び交う景色のまんなかに座りながら、脳みその中のもう何度もこねくり回して固くなってしまっていた考え事にヒントが届く。

一瞬一瞬の光景や、たのしそうに笑う先輩たちの姿、ほんとうに嬉しそうに嬉しいと言う先生(と言うと嫌がられるだろうけれど)の姿。どれも忘れたくないし、これはおばあちゃんになっても思い出せるだろうと思う時間だった。

二次会の秘密基地のようなお店から、歩いてラーメン屋(これも秘密基地のようだった。)に向かいながら、幸福でいっぱいだった。誰かにわかってもらえなかった経験、わかってほしかった誰かに伝えきれなかった悔しさは、誰かにわかってもらえることでこんなにも溶けていく。

これを書いている今はベッドの上、まるまる半日眠ったあと。起きて飲み会の様子を転写しながら「それは”成功”じゃないの?」という声が今、頭にもう一度響いてる。いや、胸と、心と、おなかと、手足と、タイピングをしている指の先にもこの言葉は染み込んで、揺れて、響いている。

迷いながら、でもじぶんで考え、たくさんの知識やひとの考えに触れながら道を模索し、ひとつひとつ答えを出しながら、葛藤を解消しながら、一歩一歩進んでいく。それは”成功”じゃないの?と聞かれてはじめて、じぶんの中に存在していた負い目のようなもの、”大学を卒業したのに就活もろくにせず就職もせず不安定に生きること”や”やりたいことを的確にポイントで言い表せないこと”がほどけた。

みんなの輪から少し離れたところで、じゃが芋がしまわれたリュックを背負いながら「たのしく生きよう」と名前を呼んでくれた。「あの頃よりもずっとたのしい」と言葉を返したら「本当によかった。」と、ほんとうに良かったという顔で言ってくれた。

もう、胸がいっぱいだった。たくさんのひとや場所やものや瞬間に恋をする。わたしがそれを誰かにわかってほしいと願っていたことなんて、相手に伝えたいと思っていたことなんて、あの秘密基地のような場所、ろうそくの灯りのもと話しているときに初めて知った。

伝えなくていいのだと、じぶんの心に戻し、それがまた誰かのもとに届いていくのだと教えられたときに、じぶんの根源がみんなの頭のうえにつながっていたことを思い出す。不思議な夜だった。口からするすると出る言葉は、誰かが、何かが目の前のひとの幸福を願うがゆえ出てくるものだった。

もう、胸がまだいっぱいだ。あと30分後には働いている。またいろいろと考え事をするだろう。でも、その考え事は今までのそれとはもうまったく異なる色合いをしている。わたしにはたくさんの選択肢がある、そしてしっかりとじぶんで考え、答えを出し、道を選ぶことができる。思い出させてくれて、ありがとう。たのしく生きよう。

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タクシーのなか、おじいちゃんおばあちゃんとの旅行の話をして、こんな不出来なのに、大学卒業を本当に喜んでくれていたって話したら、「そりゃそうでしょ」と笑いながら、しきりに本当に良かったと言ってくれた。

嬉しい瞬間がたくさんたくさんたくさんあった日だった。