「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

夏までは、いま目の前にあるお仕事を。

ひさしぶりに大きなお風呂。
のびのびとつま先まで丁寧に洗う。
足の指を一本一本手のひらでくるくると。

やわらかいおなか、むね、せなか。
いつのまにか外側についていた筋肉ははがれてしまった肩。
腕は子どもを抱きかかえる分のたくましさ。
それぞれの部位に年齢と共に変化する様子に笑ってしまう。
まだ沖縄に来たばかりの頃はあんなに骨ばっていたのに。

ひのきのお風呂にゆっくり浸かる。
鎖骨のくぼみに指をあて、押しては放す。
だんだんと抜けていく疲れを流しながら、じぶんに謝る。
久しぶりに触れたわたしの身体は、ただただくたびれていた。

わたしを「表現者」としてとても応援してくれる女のひとに、
フラワーエッセンスという素敵な贈り物をいただいた。
以前カフェに来てくださったときに、疲れてるのがバレて。
すぐに配合して、今日カフェに持ってきてくださった。

とても嬉しかった、一滴一滴がわたしの身体に馴染んでいく。
しずくが染み込むたびに花びらが一枚一枚広がるように感じて。
そっと心の内側からわいてきた言葉は二つあった。

「あなたが一番こわいと思っていることをやりなさい」
そして、「大局が見えないのは力を抜け切れていないから」と。

わたしが一番こわいと思っていること。
いったいなんだろう。
まだわからないふりをしてる。
そのうち、ちゃんとわかるんだろうと思う。
いや、もうちょっとわかり始めてるか。

夏までは、今目の前にあるお仕事をこなせるようになるために。
ひとつひとつの失敗をちゃんと経験に変えていく。
夏過ぎからは、もっとやりたいことに振り切る。
たぶん、働き方を変えなくてはならないタイミングがくる。

どのお仕事も一番大切。副業だと思ってるものはひとつもない。
ただ時間割りで区切られているだけ。
どのお仕事の上司のひとにも大切にしてもらっている。
ちゃんとシステムとしていろんなお金を出してもらえることとか、
わからないことを丁寧に教えてくれるサポートとか、
それぞれ別のポイントで「大切」にしてもらってるのを感じる。

大切にされてないんだなと思うときが続くと、
今出してる成果と引き替えにではなく、
そうやって大切にしてくれる場所でだけ、そういうひととだけ、
お仕事をしてもいいんだよなと思ってしまう。

でも、そうじゃない。
それだけを求めるのは今じゃないってハッキリと思う。
今はやりきることが課題。
まず、じぶんのできる範囲のところをできるようにする。
そのステージを終えたあと、自然と選び抜いていけるようになる。

それができるようになるのがたぶん夏なんだろうと想像する。
夏までは一粒一粒丁寧に種をまいていく。
今はこらえどき、ぐっとこらえて、役割を果たせるようにトライする。

嘘が交じることなく、人の目を意識した選択ではなく、100%の純度で。
わたしがやりたいことをやれるように環境をつくっていく過程だ。

少し前に聞かれてドキッとした「楽しんでる?」という言葉。
知らないことを知れるとき
新しいフレームワークをつくりだせたとき
そいうとき、どのお仕事の場面でも、「たのしい」を感じてる。
それを感じきって、しっかり身につけられたら。

そしたら、たぶん。
たぶんまだよく見えてないけど形になり始めてる何かにダイブできる。
そこには子どもたちがいて、音楽があって、森があって、海がある。
論理的なものがあって、学びがあって、ITもある。
PRの概念も、ファシリテーションも、ライティングも。
ディレクションも、コーディネートも、暮らしも。

今はその「何か」に向かう途中。
ゆっくり、でも確実に近づいている。
身体があるからできることを、ひとつひとつ丁寧に。
誰かのペースではなく、わたしのテンポで。

いつも応援してくれて、本当にありがとう。

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