「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

やっかい

役に立ちたいって不思議な欲求だなと思う。

別に、役に立たなくてもいいのに、役に立ちたいと思う。

それは、たぶん好きだからじゃないかと思う。

でも「好きだから」を理由にすると、あまりにも簡単すぎるね。

もう少し深掘りしてみると・・・。

あーでもやっぱり好きだからかなと思う。

役に立ちたいと思う根っこには、いつも好きがある。

嫌いな相手でも、つい役に立ちたくなる。

でも、嫌いな相手って、よく知らないから嫌いなだけな気もする。

わたしから見えてる面がヘンテコだからって、嫌いになっちゃーいけない。

おばあちゃんがよく言った。

「はるなはその好き嫌いメガネを早く外せるといいね」と。

そんなのかけてるうちは一人前にはなれないね、と。

ああ、おばあちゃんに会いたいなぁ。

おじいちゃんにも会いたいなぁ。

長生きしてくれるといいな。

おじさんにも会いたいし、お姉ちゃんにも会いたい。

いちいち失敗にめげて泣いてるんだけど、そういうの全部笑い飛ばしてほしい。

「そんなこと言ってるうちはまだまだだな」と。

みんなに会いたい。

ホームシックというのは突然くるのでやっかいだ。

日本のいろんな場所に会いたいひとがいる。

会いたいという気持ちも、やっかいなもののひとつだ。

でも、もしこの世からやっかいなものがなくなったら、あまりにも単調すぎるね。

単調すぎる世の中はおそまつだ。

複雑で、やっかいで、好きで、嫌いだからたのしい。

もしかしたらその単調さから逃げるために好き嫌いメガネをかけるのかもしれない。

起伏がなければまっしろだ。

まあ、うまく役に立てないとへこむけど、へこむ自分も笑い飛ばして、またすすも。

すすむのに飽きたら止まればいいし、今は素足にTシャツで、歩いていたいし。

波打ち際、裸足さらして、歩いていこ。

22歳ってもっと大人だと思ってた。

なんだかどんどん子どもに戻る。

しかも、良かった子どものほう。

素直に好きを伝えて、素直に好きと言われて、素直に甘えて、甘えられて。

地球をまるっと愛していた頃の自分に、戻りつつある。

のは、たぶん、反対側にいた自分と出会ったから。

でも、そんなのも、目に見えないものの話。

たしかめようのないふわふわとした話。

明日も明日とて、地に足つけて、暮らしてく。

目に見えないものに全部を求めると何かがゆがむ。

ふわふわするのは、この細くて強い髪だけでけっこーだ。

今日はちょっぴりくたびれた。

カフェインのとりすぎだろうと思う。

でも、これがまたやめられない。

「これがまたやめられないんだよな」と言いたい。

これもまた、やっかいなものだ。

明日も誰かを好きになるんだろうし、明日も誰かを嫌いになるんだろうし。

こりゃ、やっかいだ。

やっかいっていう言葉の響きは、好きだなぁ。