NOW 500→1000

今の常識なんて、30年後には非常識(のはず)だ。

書き起こしを一本終えて、気持ちがすごい高揚してる、ちむどんどん。お仕事の好きなところはこういうところにある、なんていうか、コミュニケーションだ。書き起こしの会社の大人の先輩たちを好きだ!と思っているのは、この前のコーヒー屋さんの話のように根っこに志があるのと、オンラインのコミュニケーションが丁寧だから。東京と沖縄でのやりとりなのに不安になったことまったくないもんね。

取材はだいたい1時間くらい、その1時間の間の情報量が多くて、いつも書き起こしを終えたあとはちむどんどん。いろんなひとがいろんな仕事をして生きている。当たり前のことなのにそれがとっても面白い。

f:id:pidakaparuna:20161213131724j:plain

かっこいいんだ〜。
PR Table | 企業・団体の想いを届けるストーリーテリングサービス

わたしの今の収入源って今6種類くらいある、どれかひとつだとなんか違う。かといって、6種類あるのが最高だ!と思って6種類に取り組んでいるわけではないような気がする。気づいたらこの6種類になっていた。(もちろんナリワイ的生き方に憧れたのが出発点なので、お仕事アンテナはいつも張っている。)

ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方

ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方

 

これから先どうしたいかはわかってない。でも、最終的に今手伝っているコミュニティづくりを拡大させてフリースクールのような場所をつくれたら最高にいい感じ、という思いはある。そのために必要なスキルや行動や助けてくれるひととの出会いを、今手元にある6種類のお仕事は的確にすばらしいスピードで届けてくれる。

神さまはわたしを餓死させる気がないんだなとようやく腑に落ちたのが最近だ。「はるなは大丈夫」といろんな大人に言われてたけど、信じきれなかった。2年前「好きなことだけを選んでたら食べていけなくなる」がこわくてこわくて夜とか泣いてたんだけど、そんな自分を思い出し、今も生きてるぞーと笑いながら話しかけたりもする。

最近よく働きながら「常識ってなんだ」ということを思う、自分の直感を信じて進むとうまくいくことが多い。逆に「ちゃんとやらなきゃ」と思うと空回ったり停滞したり、どうにもいかなくなる。(それこそ卒論がかけなかったときの感覚によく似てる、力が入りすぎちゃって固まっちゃう感じ。)

でもさ、たぶんさ、今の常識なんか、30年後には非常識だ。テクノロジーの進歩の速度をこの考え事に加えたら、半分の15年よりももっと早く常識非常識、非常識常識のチェンジは進む。

加えて、いつも思い出すのは、生き方の師匠!と勝手に思ってるぢんさん(心屋仁之助さん)の「常識という言葉のてっぺんに「あなたの」「わたしの」をつけたほうがいい」という言葉。会ってちゃんと話したらわかってもらえるし、誤解はいつもするりと解ける。ぢんさん大好き〜〜。また会いたいなぁ。ぢんさんからは本当にいっぱいのものをもらった。

www.pidakaparuna.space

そうそう、そうならない相手、つまり(相手の求める)「ちゃんと」をしないといけない相手とうまくやろうと頑張らなくてもいい、というのは今まで「逃げること」「不真面目なこと」だと思って我慢していたけれど、どうやらそうではないみたい。まだその兆しが見え始めたくらいだから断言はできないけれど、昨日カフェで働いているときにそう思った。

脱力して、いつもの自分、子どもたちのなかにいるときと同じ状態の自分でいたほうが、たくさんの洋服とお客さまとのご縁をつなぐ役目を果たせた。(今ユニゾンではLittleEagleの洋服の展示販売をしてる)

「ちゃんとしないと」と思って悲しくなってぎゅっとおなかがいたくなって丸まるときもある。でも、もしかしたら、もう本当にそうならなくてもいい場所だけを選んでいってもいいのかもしれない。「それは損だ」と教えてくれるひともたくさんいるけれど、その「損」をしないために、頑張って無理してる間に死ぬかもしれん。

どっちがいいのかまだ答え出さないで見つめてみる。しばらくはこの感じで氣が広がるままにお仕事していたい。どのお仕事にも順位をつけずに、スケジュールを色分けせずに、息を吸って吐くように、やりたいことやってみようとそう思ってる。

もちろんちっこい凡ミスは減らさんといかんけど!だめ、凡ミス、ぜったい!ぼーん!凡ミスはチェックをすれば減らせるからね。それを減らさないのは傲慢すぎるよね。もうすでにだいぶ傲慢なこと書いたあとであれだけど。ごうまーん!

昨日のクライミングのときに思った、やっぱり等身大に、次の一歩をしっかり狙うことが一番健康的だ。次の一歩、ここまでいけたら丸、を近くに置く。近いところの「ここにおけたら丸」が定められるのは、遠くに見える「あれがゴールだ」を知ってるから。

わたしの「あれがゴールだ」にむけて、「ここにおけたら丸」をひとつひとつクリアしていこうと、2018はそういう年にしようと決めて、このあとダイアログのおかげでできるpodcastの収録と記事化をして、そのあとカフェに向かってお仕事をする。今日も良い出会いが待っている(ような氣がしてならない)、わーい!

 

www.pidakaparuna.space

 

読んでくれて、ありがとう。