「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

一日の3分の1、カフェで働く。

カフェの出勤が終わった。一回8時間。一日の3分の1。カフェのなかで過ごす。月に21日。8月の終わり頃から働きはじめてもうそろそろ半年になる。

何を考えて働きたい!と思ったのか未だにうまく説明できない、でもなにか未来で使う道具のようなものを取りにきた感覚でいる。

今日は、少してんちょーとゆっくり話す時間があった。経理やら経営やらいろいろなことをいつも教えてもらっているけれど、今日の話はなんだかまた違うスイッチを自分に押してくれた。

スイッチが押された瞬間は、ある言葉がてんちょーから出たときだった。「自分で仕事をつくるんだよ」指示されたことをやるのは誰でもできる、大きな会社で年を重ねてその姿勢のまま定年を迎えるひとだっている、でも自分のやりたいことを形にするのが何より一番面白いよねって。

雇われていながらそれができるのって面白いよねって、店長としての仕事について教えてくれたなかでの一コマ。てんちょー自身の言葉で「働く」を話すことを通して、何かてんちょーのなかにある大切な価値観を手渡してもらったような、そんな時間だった。

カフェの仕事のなかで、注意不足で大変な失敗を続けてしたときに、てんちょーからされた質問を今でも覚えている。「それ、やりたい?」と聞かれたのだ。聞かれた瞬間少し時間がゆっくりになって、自分のなかに息をぐっと止めて潜りきり、再び浮かんで言葉を返したときに自分でも驚いた。「やりたくないです。」と答えていた。その結果、その仕事は別のひとの仕事になり、わたしは別の仕事をするようになった。

8月に働き始め、一ヶ月でだいたいの「カフェ店員」としての業務に慣れたあと、絶対にここで終わらないと、このカフェに入ってきたのは「カフェ店員」だけをするためではないのだ!となぜか熱く燃えていたのを思い出す。二ヶ月目には正スタッフとして、時間給ではなく月給をいただく立場になった。そして3ヶ月目「展示・イベント担当」として、月替りの展示やイベントの企画、運営、実施を任せてもらえるように。

入って3ヶ月目のときに、カフェ業務は4分の1、あとの時間は展示・イベントの企画運営とお店の経営に没頭できる環境が絶対くるってなぜか思って、それをすっごく楽しみにしてたんだけど、あれよあれよという間に、気づいたら今、そういう状況になってる。

今日の会話のなかで「どんなお店にしたい?」「何がやりたい?」「何を形にしたい?」と問われてもすぐには答えられなくて、そんな自分を歯がゆく思ったりもしたけれど、一日の働く時間を終えて、まかないをいただいてる今、楽しいことも楽しくないこともあるけれど、愉しいことは確かだなぁと実感する。

今は、目の前にいるアーティストさんと真剣に話をして、どうやったらもっとうまくいくか、何か見えない殻のような膜のようなものをやぶって飛び出していけるかを真剣に考えるのが「自分を忘れる」喜びだ。自分を忘れる。その瞬間がとっても好きだ。

わたし、今はこのお仕事が面白い。那覇のコワーキングスペースでpodcastを始められたのも嬉しいし、書き起こしのお仕事も相変わらず面白いし、そろそろカラーセラピーも再開しようかなと思っている。働くのが好きだ。

ひとのなかで生きていくことが、違いから自分を知ることが、何かを表現する連鎖がつながっていくことが、大好きだ。

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