上に、下に、右に、左に、心が揺れて、揺られて、中心の点に戻っていく。
ただただ真ん中に。ただただそのまま。
友だちの子どもと並んで歩く。
影がのびる、名前を呼ばれる、名前を呼び返す。
単調なコミュニケーションが一番たのしかったりする。
充実した時間の過ごし方なんて、おしゃれな雑誌のなかにたくさん紹介されているけれど、こういう当たり前のなかにいっぱいその「充実」とやらは隠れているんだと、おおきいお風呂に浸かりながら思う。
上に、下に、右に、左に、心が揺れて、揺さぶられ、また中心へと戻る。
正しい、悪いの枠を飛び越えて、好き、嫌いの枠も飛び越えて。
朝起きたときから涙とまらず、出勤中も4回泣いた。
心が波立つと、勝手に涙がでる。
今の自分にはどうしようもないことがたくさんある、むしろ今の自分がどうこうできることなんか何もないような気さえする。
それでもまた、前を向いて歩き出して、目の前のことにたんたんと取り組む。
ケーキ食べながら、紅茶飲みながら、たんたんと。
子どもたちと笑いながら、お母さんたちと並びながら、男のひとを眺めながら、たんたんと。
上に、下に、右に、左に、心ゆられて、ゆられゆられて、また真ん中へ。
この先に一体何が待ってるかなんて知らないしわからない。
明日の暮らしだってわからない。明後日になにを掲げてるかさえわからない。
でも、だけど、これしかできない、これしかやれない、これしかやりたくない。
どれだけ心ゆさぶれても、やがてそのゆれは小さくなり、真ん中の小さく大きな点に。
最初から全部はそこにあった、全部はそこにあったから何もなかった。
ただただ体験するために、今、生きている。
すべて同じ存在だというのなら、あなたの考えてることも、あの瞬間に感じていたこともわかればいいのにと、意味のないことをふわふわと考える。
わかったところで、少しがっかりするだけかもしれないのに。
気づけば好きな人が増えていく、この好きがわたしの身体の外に出ていくことはないのだけれど、匂いや何かになって、わたしの周りをふわふわと漂っている。
それがまた誰かとの縁を運んできてくれる、不思議なことだ。
大切なものを大切に、ただそのまま。
正しさも、悪も、好きも、嫌いも、どの枠も飛び越えて、ただそのまま。
あなたがあなたで在ること、わたしがわたしで在ること。
そしてそれを信頼している状態、その状態こそが一番力を発揮できる状態。
上に、下に、右に、左に、心が揺れて、揺られて、中心の点に戻っていく。
ただただ真ん中に。ただただそのまま。
良いも悪いもない。
やらなければいけないことなんて何もない。
やれない理由なんてひとつもない。
ただ、そのまま。
にっこり。