「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

虹を4回見た

出発する前、一週間の間に2回月虹を見た。

でも、死ぬ前にどうしても一度は見たいとしばらく前から思っていたものだったから、まさか!という感じで信じられず、帰ってからよく調べた。

そしたら、月虹はハワイで、幸せになるよとか、良いことが起こる前触れとされてると知ってなんだか嬉しかった。

正直なところ旅に対する情熱や欲求はほとんどないのに、月虹を見て回る旅をしたいなぁと、新しいto doが一つ増えた。

 

今は飛行機のなか。

離陸してちょっとずつ見える景色が変わっていく。

そのなかで一瞬、虹が飛行機のうしろに見えた。

ぐんぐん高さをあげていくときだったので、本当に一瞬のことで、なんだか信じられなかった。

でも、その景色は記憶のなかで、一枚の写真みたいにのこってる。

 

そして高さが上がり終わったあと、下から上まで、大きすぎて全部が見えないぼんやりとした虹を見た。

だけれども、あんまりにも大きいので、鼻があたってつぶれるくらい顔をガラスに近づけたけれども、本当にそれが虹なのかわからなかった。

でも、その虹はしばらく飛行機と一緒にあって、もしかしたらこれは目の錯覚かもしれないと思いつつも、4回目の虹も嬉しかった。

(座席横のグラスには鼻のあとがついた。)

 

2時間後には向こうの空港に着く。

30分離陸の遅れたこの飛行機だけれども、たぶん空港には時間どおり来て30分待ってくれていた祖父母と姉がいる。

 

今回の帰省は、「大学を卒業できました」と半年間のプラス期間を経て電話で報告したら「じゃあ一度帰っておいで、2泊3日とかではなく長めに」と祖母が言ってくれたことから決まったことだ。

 

6つの仕事のうち2つであるカフェとコワーキングスペースは出勤の必要があるものだったけれども、どちらの職場も「行っておいで」と快く送り出してくれた。

もちろん、6つのうちの1種類の書き起こしはあちらでもできるお仕事なので、休みを取らずに家族が眠ったあとに作業をすることを選んで受注し続けてる。

もう1つのコミュニテイづくりは、これもあちらでできるし何よりも実家の隣は祖母が理事をやっているグループホームもあるし、まっとうかまっとうじゃないかのジャッジが上手な祖父もいるし、ビジネスをやってる叔父もいるしで、いろいろとアドバイスをもらって捗りそうな予感がする。

あとの2つはカラーセラピーとブログだけれども、カラーセラピーは移動が面倒なのでやらずカウンセリングのお申し込みがもしあったら体ひとつで対応しようと決めていて、ブログは書きたいことがあったら更新する。

 

こんな風に働いて生きていけることが嬉しい。

でも、これだけじゃ足りないと思ってる。

 

カフェの仕事はもっともっと何をインプットしたくて働いているのかを明確にしたい。

コワーキングスペースの仕事は、もっとイベントの企画力を上げたい。

書き起こしのお仕事は楽しいけれど、ちゃんとライター視点も持ちつつ工程全体を見てライティング力の向上につなげたい。

・・・・とかとか。

 

いろいろ思ってはいる。

でもやってない。

 

やってないということは、今しぬほどそれがやりたいというわけではないということは確か。

あとは、今の目の前にある仕事で手一杯ということか、もしくは力を出し渋っているということだと思う。

 

力を出し渋ってる感覚はちょびっとある。それは言葉を変えれば「もっとできる」という欲みたいなもの。もっとやりたいしもっとのめり込みたい。

 

けど、それはなんていうか、この帰省のあと始まるステージな感じがする。

それはいつもどおり「そんな気がする」という感じにすぎなくて、言い訳といってしまえばそれまでだし、帰ったあと本当にやりたくなるかなんて不確かなことだけれど。

 

誰のせいにもしない、今の自分と、未来の自分と、過去の自分と生きていく。