「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

直近の目標は「子どもを産むことを喜べる状態」をつくること

今、ぽろぽろと伝えたいと思ってること。

それはたぶん、世の中に正解はないみたいということと、人の数だけ選択肢があるみたいということ。

 

当たり前に知っている人は、きっとずいぶん遠回りをするわたしに呆れたり、笑ってくれたり。

周りにいるひとは「そうだね」って、うなずきながら話を聞いてくれました。これを読んだひとはどんな感想を持つのかな。

 

今ね、一番実現したい直近の未来のビジョンとして「子どもを産むことを喜べる状態」があるんです。

わたしは今、子どもを授かっても喜べるけど、心の底から喜べない。

 

それは、収入がもう少し増えてからがいいなって気持ちや、誰が助けてくれるかな?っていう気持ち。要するにいろんな不安があって喜べません。

 

思い返してみると、小中高の保健体育でも「避妊」がテーマだったなと思います。

「望まない妊娠をしないためにどうするか」的なね。

 

でも、今、お母さんや子どもたちと関われば関わるほど、あの頃に本当に必要だった性教育は「安心してお産をするにはどうしたらいいか」「どのように子どもを育てる(助け合える)ネットワークをつくるか」の二つだったんじゃないかと思います。そこに諸々のお金の勉強なんかも入ってくるだろうけど。

 

子どもの育て方なんてわからないに決まってるし、正解もない。

だけど「助けて!」って「手伝って!」って、「わかんないよー」って訴えられる相手がいっぱいいたら、ちょっと楽な気がする。

 

最初に書いた「子どもを産むことを喜べる状態」って、わたしにとっては、赤ちゃんと一緒に心地よく年を重ねられる状態です。

 

それはつまり、「あんたのせいで」と言わなくていい関係、不自由はあるだろうけどそれでも一緒にいたほうが楽しいねっていう状態。(なんだかパートナーシップにも似てるね。)

 

カラーセラピーのお客さんでけっこう多いのは「~~のせいで、できない、トライもできない」という話。

ほぐしていくと、本当はそうじゃない。

誰かに対するSOSが出せていないだけだったりします。

 

本当はみんなやりたいことがやれる環境にある。

でも、今の社会の価値観や、身につけてきた規範によって、その「環境」が見えにくくなってる。

 

そしてもちろん、そんな環境持っていないひともいる。

そのひとを減らすために政治があり、社会保障制度があるんだと思うんです。

 

お金の助けや、人と人の繋がりの助け。

いろんなものがないと、あんな大変なことできない。

 

だいぶ世の中は変わってきていて、お父さんが「育児を手伝う」という価値観はだいぶ壊されたかなと眺めています。周りにも何人も「育児」をしている男性がいます。(わたしも父にがっつり育ててもらった時期があります。)

 

その一方で、お母さんにのしかかる責任や、妊娠するときに望まれる「覚悟」の重たさはなんだかあまり減ってない気がしています。これは同じ性だからやっぱりそう感じるのかもしれないけど。

 

要するに、「欲しくて産んだんでしょ」の目線。

 

自分のなかにもまだ傷ついてる部分はあって、大きなイオンとかで子どもに対して怒鳴りつけたり叩いてる女のひとをみると「誰も産んでほしいなんて頼んでない」って思ってた自分が顔を出したりします。

 

でも、だけど、そうじゃない。

ときどきはいいけど、慢性的に怒鳴る・暴力が起こるようなのってやっぱり、お母さん自身もめっちゃしんどいとき。誰にも頼れていないサイン。「どうしたらいいの?わかんないよ」って泣いてるとき。

 

うん。

だから、やっぱり、わたしが沖縄県北中城でアメナルミチという場所を通して、わたし自身や訪れるひとや地域のひとに提供したいのは「子どもを産むことが喜べる状態」です。

 

「いつ子どもを授かっても、安心だ~~」「だってここがあるもん」っていう状態にしたい。

みんなでみんなの子どもを見守って、育てて、愛したい。

 

「お母さんを選んできたんだよ」と言いたくなる親子関係がいい感じに育まれるのをながめてたい。

 

今は、そういう思いで場づくり・コミュニティづくりをしています。

まだまだリスタートしたばかり、がんばろっ!

 

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ちっこい子どもも、おおきい子どもも、みんなたいてい好きです。なんでかな。

ちっこい方がわかりやすいし、おおきいのは可愛いからかな。